内容紹介
『マンハッタンの赤ずきんちゃん』(マガジンハウス)
不思議なできごとを信じてみる
赤いレインコートの女の子サラ・アレンはニューヨークに住む10歳の空想好きで読書好きな女の子。口うるさいお母さんを少々うるさがり、隣のうすのろなロッド・テイラー少年にはうんざりしている。でも昔スターだったおばあちゃんとは大の仲良し。残念ながらおばあちゃんは少し離れたところに住んでいるので、いつも一緒にいるわけではない。ふだんのサラはひとりでお気に入りの魔法の言葉「ミランフ!」を叫んで空想にふけっている。おばあちゃんにはいつも週末に会う。サラのお母さんがサラに赤いレインコートを着せて、お得意のイチゴケーキを持たせて、会いに行くというわけだ。
大冒険
ところがきょう、シカゴに住むジョゼフおじさんが亡くなったので、お父さんとお母さんは出かけてしまった。サラはこれを機にひとりでおばあちゃんの家に行くことに決めた。とても大それた冒険だ。冒険だけに、サラの身にはいろいろなことが起こる。まず、ミス・ルナティックという名の不思議な女の人に出会う。ミス・ルナティックは、別名マダム・バルトルディともいう、自由の女神の精みたいな人だ。彼女はサラに「自分の秘密を打ち明けた相手には、自分の自由を与えたことになる」という言葉と、自由の女神とバッテリー・パークをつなぐ秘密の通路のふたを開けるコインをあげた。
オオカミにご用心
次にサラはセントラル・パークでエドガー・ウルフという人と出会った。まるでオオカミみたいな名前だ。ウルフさんは実際にはとても人気があるケーキ店の店主で、サラの持つイチゴケーキを気に入り、そのレシピを教えたらなんでも願いを叶(かな)えてあげると提案してきた。サラはレシピがおばあちゃんの家にあるので、そこまでひとりでリムジンに乗って行きたいと返答した。中年になってもいまだに独身のこのケーキ王ウルフさんは、サラのおばあちゃんが子ども時代の憧(あこが)れのスターだと知って、先回りしておばあちゃんの家に乗り込むことにした。まるでオオカミが赤ずきんちゃんに先回りしておばあちゃんの家に行ったみたいに。
でもサラは赤ずきんちゃんよりお利口さんだ。ウルフさんがおばあちゃんの家に上がり込んでいるのを知ると、ふたりをそっとしておいて、リムジンに戻って別の場所に向かった。ミス・ルナティックにもらったコインを使うために、自由の女神への通路のあるバッテリー・パークへ行くことにしたのだ。ミランフ!
童話の効用
この『マンハッタンの赤ずきんちゃん』という小説の各章には、作家のマルティン・ガイテの描いた絵が載せられていて、絵本みたいだ。大人のための絵本だ。カルメン・マルティン・ガイテは、ほんとうはとても難しい文章と技巧を使って、20世紀半ば以後のスペイン社会の変容を描く作家だったのだけれども、80年代にニューヨークにしばらく住んでいたことから、マンハッタンを舞台にしたこんな童話みたいな小説を書いたというわけだ。子どもは大人たちよりも不思議なできごとをすんなりと受け入れることができる。だから自由の女神のモデルとなった彫刻家フレデリック・バルトルディの母親と思(おぼ)しき人物が、浮浪者然とした格好でミス・ルナティックを名乗って歩いていても、怪しんだりはしない。「そんなことありえない!」と叫ぶ大人たちに、当のミス・ルナティックがウルフさんに言った次の言葉を理解してもらうために、この物語は書かれたのかもしれない。ミス・ルナティックは言ったのだ。
Las gentes que tienen miedo a lo maravilloso deben verse continuamente en callejones sin salida, mister Woolf ―― le había dicho ―― . Nada podrá descubrir quien pretenda negar lo inexplicable. La realidad es un pozo de enigmas. Y si no, pregúnteselo a los sabios.
(Carmen Martín Gaite, Caperucita en Manhattan, Madrid: Ciruela, 1998, p.191より引用)
「不可思議なものを恐れる人は、いつも袋小路にいるに違いないのです、ウルフさん」彼女はウルフ氏に言いました。「説明できないものを否定する人は、何も発見することができないでしょう。現実とは謎めく井戸なのです。そう思えないのなら、賢者に訊ねてみてください。」
【カルメン・マルティン・ガイテ『マンハッタンの赤ずきんちゃん』鈴木千春訳, マガジンハウス, 1993, p.175】
現にウルフさんは子ども時代の憧れのスターに出会えたじゃないか。ミランフ!
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