書評
『国を蹴った男』(講談社)
敗者に焦点、力強い歴史短編集
時代小説の中でも、ある程度読者を選ぶ戦国ものの分野に、果敢に挑戦するのが本書の著者、伊東潤だ。すでに一度、『城を噛(か)ませた男』で直木賞の候補にもなり、その筆力はつとに認められている。本書は、群雄割拠する戦国時代を舞台に、勝者よりもむしろ敗者に焦点を当てて、その生きざまと死にざまを描いた、力強い作品集だ。羽柴秀吉、武田信玄、石田三成などなじみの人物も登場するが、彼らはおおむね引き立て役にとどまる。彼らと関わりを持つ、あまり人に知られていない武将や武士、茶人らが主役を務める。長束正家、佐久間盛政などはまだしも、五味与惣兵衛や那波無理之介となると、たとえ実在しているにせよ、かなり怪しげな人物だ。そうした日陰の人びとに、新しい息吹を与えた著者の着想は、評価されてよい。表題作に出てくる、鞠(まり)くくりの五助は創作だろうが、鞠を蹴る今川氏真は実在の人物で、その人物造形は本編中の白眉(はくび)、といえよう。
朝日新聞 2013年1月6日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする



































