後書き

『本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010(ピラールプレス)』(ピラールプレス)

  • 2017/09/10
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010 / 張 競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010
  • 著者:張 競
  • 出版社:ピラールプレス
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2011-05-28
  • ISBN-10:4861940249
  • ISBN-13:978-4861940248
内容紹介:
読み巧者の中国人比較文学者が、13年の間に書いた書評を集大成。中国関係の本はもとより、さまざまな分野の本を紹介・批評した、世界をもっと広げるための"知"の読書案内。
この書物は一九九八年から二〇一〇年までのあいだに発表された書評を収めたものである。二〇〇六年、みすず書房から刊行された『アジアを読む』にはアジア関連の書評が集められているが、その本に収録されていないもののうち、日本の小説を書評したものを除いて、ほとんど全部網羅されている、その大半は『毎日新聞』の「今週の本棚」欄に、また一部は『日本経済新聞』『産経新聞』などに掲載された。読書日記は『週刊文春』二〇〇三年一月三十日号から二〇〇五年三月三日号の「文春図書館・私の読書日記」に連載されたものである。右に挙げた書評のほか、文庫の解説も数点含まれている、分量としては原稿用紙にして一枚のものもあれば、三、四十枚ほどに及ぶものもある。発表する媒体により、また編集上の都合によって形式は必ずしも統一されていない。しかし、執筆時の心構えはまったく変わらない。

本書の構成は発表の年代順になっている。ただ、読書日記だけはその年の最後に配置されている。各年の最初のページには代表的な三冊を挙げ、選ばれる理由について簡単な説明がなされている。そのあと、各篇は日付順に並べられている。それぞれ独立している書評なので、必ずしも順を追って読む必要はない。索引とブックガイドを手掛かりに、興味のある箇所を読むことができる。

書評をどう書くかについて、明確な基準というものはない。どの本を選び、どう批評するかは評者の自由裁量に任されている。何を取り上げるかは書評者の趣味であり、同時にまたその人の学識や教養や見識を示すものである。読書家はどの本を、なぜ好きなのかは本人が自明のように思っても、他人には必ずしも理解されるとは限らない。また、評者が面白いと思っても、読者はそう思わないのかもしれない。その意味では読書は恋愛と似ている。一方、新聞や雑誌は社会の公器である以上、書評者はそれなりの公共責任を負っている。ただ、好き嫌いだけで感情的な批評をしてはならない。

この書物では、文化史の本がもっとも多く取り上げられている。次に比較文学・比較文化関連のものである。中国関係の書籍は文芸に関するものが圧倒的に多い。ごく少数にはノンフィクションのものも取り上げられている。

書評の目的は読者に読む気を起こさせ、本屋で購入させることである。しかし、それはそう簡単なことではない。書物を批評するとき、個人的にはなるべく次の三点に気を付けている。書物の正しい紹介、内容についての公正な批評と出版の意義についての言及である。まず、本の紹介だが、限られた字数の中で、簡潔にして要点を押さえた内容のまとめは思うほどやさしいものではない。小説の場合、そもそも種明かしは禁物である。物語のさわりの部分しか紹介できないから、作品のどこが魅力的かを伝えるには工夫が必要である。

内容批評は書評のかなめの部分であり、評者の力量が問われるところである。貶(けな)すのは簡単だが、良いところを見つけ出すことは難しい。不足点の指摘はほんらい望ましい。ただ、メディアの影響の大きさを考えると、むき出しの言葉で批判するのも考えものであろう。第一、日本の精神風土にふさわしくない。ましてや罵詈雑言はもってのほかである。鋭い批判をいかに柔らかな表現で包み込むかはつねに大きな課題となる。だが、春秋の筆法がどこまで真の意味を伝達できるかが問題であろう。

内容の紹介や批評に比べて、出版の意義について触れるのは比較的にやさしい。ただ、作者の著述の文脈と書物史の文脈において理解しないといけないので、関連する書物や論文に目を通す必要がある。下準備は思いのほか手間暇のかかるもので、一度に図書館から二十冊ほどの関連本を借りてくるのもしばしばである。一冊の本を正しく評するにはそうした目に見えない努力も必要である。

書評についてさまざまな神話がある。五頁を読むだけで書評が書けてしまうような武勇談はときおり耳にするが、自分にはそんな離れ業ができようもない。それどころか、最後の一行まで読まないと、どのように書けばよいか見当もつかない。これまで三百冊を超す本を書評してきたが、書き馴れたと感じたことは一度もない。むしろ、文章のマンネリ化を恐れ、書けば書くほど筆が進まないような気がする。つまずくときには、ただひたすら虚心坦懐に書物の声に耳を傾け、初心に戻って本と向き合うよう努めるだけである。

十年以上も何とか書評を続けてこられた唯一の理由は、読書が好きだからだ。ところが、最近、本の作りや装頓をつくづく眺めることが多くなった。というのも、電子書籍の登場によって、いつか紙の本が日常生活から姿が消え、あるいは贅沢品になってしまうのではないかと危惧しているからである。

書物は愛おしいものだ。そう言うのは決して誇張でも文飾でもない。何しろ二〇一〇年は電子出版元年と称され、デジタル化の波は怒濤のように押し寄せてきている、キンドル、i-Padと電子書籍のリーダーが発売され、アメリカのアマゾンはインターネットの取引で電子書籍の売り上げがついに紙の本を逆転した。書籍が絶滅する日は想像したよりも早く訪れるかもしれない。

わたしは決して電子書籍に反対するわけではない。むしろ書籍の電子化に期待している。というのも、書物の増殖は速すぎて、自宅でも研究室でも収拾がつかないほど本が溢れ出ている。いつか既刊本がすべて電子書籍化したら、すぐにでも自宅の本を処分したい。一方、長いあいだ親しんできた紙の書物の消滅に対し、やはり愛惜の情を抱かずにはいられない。つい十年前、紙の書物が日常生活から消えるとは誰も夢にも思わなかったであろう。

書物の歴史の中で、われわれはもっとも劇的な瞬間に立ち会っているのかもしれない。遠い過去に思いを馳せると、竹簡・木簡が消えて、紙が書写の世界を独占するようになった時代にも同じ激変が起きたのではないか。何やら、古人たちの嘆きが聞こえてきそうな気がした。

そんなときに、本に寄り添い、興味のある書物について好き勝手に批評できるのは幸運だ。名前はいちいち挙げないが、書評の機会を与えてくれたすべての方々に心よりの感謝を申し上げたい。いま一篇ずつ読み返すと、編集担当者たちの笑顔が思い出されて懐かしい。十三年はあっという間に過ぎてしまうものだ。

編集にあたっては、川村伸秀さんにお世話になった。一緒に本を作るのは、今回は二度目になる。原稿選びから内容構成や見出しのつけ方まで氏は一手に引き受けてくれた。とくに時間をかけて作ってくださったブックガイドと人名索引はありがたい。おかげで内容がばらばらの原稿を一冊の本にまとめ上げることができた。本を出すのは作者一人でできるものではない。編集者が果たした役割も大きい。書物は作者と編集者とブックデザイナーや製作者との共同作業の産物である。この本を作るにあたって、その思いを新たにした。

最後に、出版難といわれる昨今、本書の刊行を快く引き受けてくれたピラールプレスに深謝を申し上げたい。

二〇一一年四月二十四日 張競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010 / 張 競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010
  • 著者:張 競
  • 出版社:ピラールプレス
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2011-05-28
  • ISBN-10:4861940249
  • ISBN-13:978-4861940248
内容紹介:
読み巧者の中国人比較文学者が、13年の間に書いた書評を集大成。中国関係の本はもとより、さまざまな分野の本を紹介・批評した、世界をもっと広げるための"知"の読書案内。

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