書評

『アジアを読む』(みすず書房)

  • 2017/07/19
アジアを読む / 張 競
アジアを読む
  • 著者:張 競
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(274ページ)
  • 発売日:2006-02-01
  • ISBN-10:4622071886
  • ISBN-13:978-4622071884
内容紹介:
上海に生まれ、エクソフォニー(母語の外)を生きることを選び、それをみずからの思索の条件とした比較文学者が8年間にわたって新聞・雑誌に書き継いだ80篇の書評から浮かび上がる近代日本の宿命とアジアの現在。

今に生きる中国文人の精神

よい書評の条件は三つあると、私はかねて考えている。第一に褒め上手であること、第二に粗筋を巧みに紹介すること、第三に褒めるに値する本を発見することである。張競さんの書評集『アジアを読む』(みすず書房)は、驚くべきことに、この三条件をほぼ完全に満たしている。

順序を逆にして述べれば、まずその博捜(はくそう)ぶりが並たいていではない。渉猟されたのは一九九八年から二〇〇五年まで、八年間のおもに日本と中国に関する書物であるが、選ばれた数は優に八〇冊を超えている。この分野の新刊にこれほどの良書があったことを知って、私のような読者はまず蒙を啓かれる。

選ばれた本が褒めるに値することを示すには、当然、その中身を説得的に説明しなければならない。その点について張競さんの技量は群を抜いていて、しばしば書評だけを見てもとの本を読んだような気分にさせられる。辰巳正明の『詩の起原――東アジア文化圏の恋愛詩』の紹介など、丹念で簡明な要約に評者の主題についての見識が滲み出ている。

詩の起源―藤井貞和『古日本文学発生論』を読む / 筑紫 磐井
詩の起源―藤井貞和『古日本文学発生論』を読む
  • 著者:筑紫 磐井
  • 出版社:角川学芸出版
  • 装丁:単行本(311ページ)
  • ISBN-10:4046210370
  • ISBN-13:978-4046210371
内容紹介:
詩歌の発生とは何か?現代の古典ともいうべき藤井貞和『古日本文学発生論』を精緻に読み解き、詩の起源論の行方を定型詩学から展望する、気鋭の論客が投げかける刺激的な書。

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ウェイリー『袁枚(えんばい)―十八世紀中国の詩人』のような近代古典から、『蛇女の伝説――「白蛇伝」を追って東へ西へ』、『近代中国官民の日本視察』など、文学、歴史の本が関心の中心になるが、『文化大革命に到る道』といった政治史的な題材も忘れられていない。ただその場合も、張競さんの目は文化的な側面に注がれていて、中国では政治的な攻撃がまず文学を武器とし、文学への攻撃の体裁をとって始まるという、比較文化論が紹介される。

袁枚―十八世紀中国の詩人 ) / アーサー・ウェイリー
袁枚―十八世紀中国の詩人 )
  • 著者:アーサー・ウェイリー
  • 翻訳:加島 祥造,古田島 洋介
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(381ページ)
  • ISBN-10:4582806503
  • ISBN-13:978-4582806502

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蛇女の伝説―「白蛇伝」を追って東へ西へ  / 南條 竹則
蛇女の伝説―「白蛇伝」を追って東へ西へ
  • 著者:南條 竹則
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:新書(233ページ)
  • ISBN-10:4582850596
  • ISBN-13:978-4582850598
内容紹介:
白蛇伝-蛇が変身して美女となり、若い男と恋に落ちる-。人々にひろく愛され、小説、劇、映画の題材として人気を博するこの物語は、どこで誕生し、いかにして語り伝えられてきたのだろうか。中… もっと読む
白蛇伝-蛇が変身して美女となり、若い男と恋に落ちる-。人々にひろく愛され、小説、劇、映画の題材として人気を博するこの物語は、どこで誕生し、いかにして語り伝えられてきたのだろうか。中国明末の小説「雷峰塔」から説き起こし、英国の詩人キーツの抒情詩「レイミア」の魅力を語り、さらに遙かギリシア・インドへと、ルーツ探求の旅は続く。ときに恐ろしく、ときに愛らしい蛇女の変幻自在な魅力を追う、世界スケールの愉しい文学散歩。

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近代中国官民の日本視察  / 熊 達雲
近代中国官民の日本視察
  • 著者:熊 達雲
  • 出版社:成文堂
  • 装丁:単行本(472ページ)
  • ISBN-10:4792331412
  • ISBN-13:978-4792331412
内容紹介:
第1編 中国官民の日本視察に関する歴史的考察(中国官民の日本視察実現の道程最初の中国人遊歴使の日本来朝中国官民の日本視察ブームの形成中国官民の日本視察の全容中国官民日本視察の実例… もっと読む
第1編 中国官民の日本視察に関する歴史的考察(中国官民の日本視察実現の道程
最初の中国人遊歴使の日本来朝
中国官民の日本視察ブームの形成
中国官民の日本視察の全容
中国官民日本視察の実例研究-出使各国考察政治大臣の日本視察と日本憲法視察を例として
中国官民の日本視察に対する日本側の協力)
第2編 清末における中国近代化への試みと日本視察者達の影響と役割(啓蒙と鼓動-近代日本の宣伝者
勧告と進言-立憲導入の提言者
実践と改革-新制度試行の実験者
企画と設計-立憲事業のデザイナー
結び)

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文化大革命に到る道―思想政策と知識人群像 / 丸山 昇
文化大革命に到る道―思想政策と知識人群像
  • 著者:丸山 昇
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(422ページ)
  • 発売日:2001-01-26
  • ISBN-10:4000246062
  • ISBN-13:978-4000246064
内容紹介:
新中国建国から文化大革命前夜までの約二〇年間、文化・思想政策と政治運動の中で翻弄される中国知識人たちの波乱の人生。中国はなぜスターリン体制の悲劇を免れなかったのか。民主と自由への… もっと読む
新中国建国から文化大革命前夜までの約二〇年間、文化・思想政策と政治運動の中で翻弄される中国知識人たちの波乱の人生。中国はなぜスターリン体制の悲劇を免れなかったのか。民主と自由への強い希求が現体制批判への結集力となりながらも、毛沢東の呪縛の前に抑圧・瓦解されていくのは、どういう論理と心理によるものか。徹底的な資料調査に基づき、知識人たちの生態を同時代の同伴者として掘り起こし、歴史の真実に迫るドキュメンタリー。

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中国現代社会の苛烈な現実を告発した『神樹』を読んでも、評者は物語を克明に追ったうえで、ガルシア=マルケスなどラテン・アメリカ文学との比較も忘れない。都市化する中国の青春小説『上海ベイビー』を読めば、日本の『ベッドタイムアイズ』を想起しながら、原作の文体から日本語訳の質まで評価する。

神樹 / 鄭 義
神樹
  • 著者:鄭 義
  • 翻訳:藤井 省三
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(595ページ)
  • ISBN-10:4022574283
  • ISBN-13:978-4022574282
内容紹介:
中国山西省の山村で、樹齢数千年の「神樹」が突然開花した。神樹がよみがえらせた親、子、兄弟や八路軍の亡霊たちは、過去を再現し、語りはじめる。抗日村長を斬り殺した日本軍、神樹に守られ… もっと読む
中国山西省の山村で、樹齢数千年の「神樹」が突然開花した。神樹がよみがえらせた親、子、兄弟や八路軍の亡霊たちは、過去を再現し、語りはじめる。抗日村長を斬り殺した日本軍、神樹に守られた八路軍、土地改革で虐殺された地主、国家規模の"大躍進"・製鉄運動のために餓死し、あるいは生き延びた村人、文革時に失脚した村の書記、宗教結社弾圧に巻き込まれ処刑される娘…、神樹は歴史のすべてを見てきたのだ。開花の奇蹟に御利益を求め人々が押し寄せたため、共産党政府は危機感を覚え、迷信を根絶すると称し、神樹伐採に中央から戦車の大部隊を出動させる。神樹を守るため、村人は亡霊の八路軍に加勢し、戦車隊に立ち向うが…。

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上海ベイビー  / 衛 慧
上海ベイビー
  • 著者:衛 慧
  • 翻訳:桑島 道夫
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(392ページ)
  • ISBN-10:4167218747
  • ISBN-13:978-4167218744

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ベッドタイムアイズ  / 山田 詠美
ベッドタイムアイズ
  • 著者:山田 詠美
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(158ページ)
  • 発売日:1987-08-01
  • ISBN-10:430940197X
  • ISBN-13:978-4309401973
内容紹介:
スプーンは私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決してない。日本人の少女と黒人の恋人との出会いと別れを、痛切な抒情と鮮烈な文体で描き、選考委員各氏の激賞をうけ文芸賞を受賞した話題のベストセラー。

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亡命中国人の苦難を描いた『ある男の聖書』を評しては、二人称と三人称しか使わない特異な自伝小説として、まずは文芸学的な分析を示したのちに、その技法が現代の「屈原(くつげん)」を描くためにいかに有効かを指摘する。文芸批評の正道だろう。

ある男の聖書 / 高 行健
ある男の聖書
  • 著者:高 行健
  • 翻訳:飯塚 容
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(488ページ)
  • ISBN-10:4087733513
  • ISBN-13:978-4087733518
内容紹介:
恐怖の「文化大革命」時代を背景とした性と愛。暗く、またみずみずしい青春小説。

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こうして張競さんはつねに対象を分析的に読み解き、その結論として著者を暖かく褒める。批評とは評者が他人を借りて自分を誇示する手段ではなく、むしろ著者と読者を仲立ちしながら、ともに知的な共同体を築く仕事だと、この人は知っているからである。

ちなみにこの書評集は、その独特の編集によってもひと目を惹く。八年間の書評を編年体に集め、一年ごとに一章をたてて、それぞれに年譜風の解説が添えられる。その年々の政治や経済や社会風俗のうちで、目立ったものが付記されているのである。印象深いのは記録された事件の切実さと、それを横目に読書に耽(ふけ)る張競さんの態度との対照である。

たとえば二〇〇一年、9・11事件が勃発して、アメリカはイラク攻撃を決断した。国連が人口爆発を予言する一方、日本では少子化が確実視され、にもかかわらず皮肉にも幼児虐待の報道が跡を絶たない。この過酷な現実を凝視しながら、張競さんは深く中国の古典やアジアの恋愛詩に没頭しているのである。

これは書評の歴史的な背景を語るというより、それに惑わされない知識人の内面の強さを語るものではなかろうか。はしなくも感じるのは、日本人より厳しい現実を生き、四千年を閲(けみ)した中国の伝統的な文人の精神である。

【この書評が収録されている書籍】
「厭書家」の本棚 / 山崎正和
「厭書家」の本棚
  • 著者:山崎正和
  • 出版社:潮出版社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(288ページ)
  • 発売日:2015-04-05
  • ISBN-10:4267020124
  • ISBN-13:978-4267020124
内容紹介:
「知の巨人」20年の集大成、圧巻の書評集。

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アジアを読む / 張 競
アジアを読む
  • 著者:張 競
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(274ページ)
  • 発売日:2006-02-01
  • ISBN-10:4622071886
  • ISBN-13:978-4622071884
内容紹介:
上海に生まれ、エクソフォニー(母語の外)を生きることを選び、それをみずからの思索の条件とした比較文学者が8年間にわたって新聞・雑誌に書き継いだ80篇の書評から浮かび上がる近代日本の宿命とアジアの現在。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2006年4月30日

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