書評

『JR上野駅公園口』(河出書房新社)

  • 2017/09/12
JR上野駅公園口 / 柳 美里
JR上野駅公園口
  • 著者:柳 美里
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(181ページ)
  • 発売日:2017-02-07
  • ISBN-10:4309415083
  • ISBN-13:978-4309415086
内容紹介:
一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた―東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのために上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国を。高度経済成長期の中、… もっと読む
一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた―東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのために上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国を。高度経済成長期の中、その象徴ともいえる「上野」を舞台に、福島県相馬郡(現・南相馬市)出身の一人の男の生涯を通じて描かれる死者への祈り、そして日本の光と闇…。「帰る場所を失くしてしまったすべての人たち」へ柳美里が贈る傑作小説。

排除される側も巻き込む天皇制

その男の人生に、天皇や皇后は大きな影を落としていた。そもそも生まれたのが現天皇と同じ昭和8年。妻の名は貞明皇后の名と同じ漢字の節子。息子が生まれた日は、現皇太子と同じ昭和35年2月23日だった。

男は、常磐線の鹿島という駅に近い福島県八沢(やさわ)村(現・南相馬市)に住んでいた。昭和22年8月5日、天皇を乗せた列車が鹿島の隣の原ノ町駅に停(と)まったとき、天皇陛下万歳を叫んだ2万5千人のなかに、その男もいた。

東京オリンピック前年の昭和38年12月27日、男は出稼ぎのため、常磐線に乗って上京した。昭和天皇が皇太子時代に狙撃された虎ノ門事件から40年目の日であった。それから息子が死に、妻が死んだ。帰郷していた男は、孫娘に面倒をかけるのが耐えられなくなり、再び上京して上野恩賜公園でホームレスになる。

平成18年11月20日、現天皇と現皇后が上野の日本学士院を訪れるのに先立ち、「山狩り」が行われた。ホームレスの暮らす「コヤ」が立ち退きを迫られたのだ。男は、自分と同じ年齢の天皇が皇后と車に乗り、手を振っているのを見て、反射的に手を振り返す。その瞬間よみがえったのは、昭和天皇を原ノ町駅で迎えたときの光景であった。

天皇、皇后が外出することを行幸啓という。行幸啓は、明治から敗戦までの天皇制を継承するものだ。民主主義という名目のもと、ふだんは見えない天皇制の権力が露出するとき、その権力は本書の主人公のような、排除される側の人々すらも熱狂の渦に巻き込んでゆくのだ。

そしてあの震災が起こる。故郷は津波にのまれ、男は帰るべきところを失う。東京オリンピックの開会を宣言する昭和天皇の声が男の胸に迫る。男にとって、天皇制の呪縛から逃れるには、もはや命を絶つことしか残されていなかった。暗く重い余韻がいつまでも消えない小説である。
JR上野駅公園口 / 柳 美里
JR上野駅公園口
  • 著者:柳 美里
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(181ページ)
  • 発売日:2017-02-07
  • ISBN-10:4309415083
  • ISBN-13:978-4309415086
内容紹介:
一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた―東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのために上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国を。高度経済成長期の中、… もっと読む
一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた―東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのために上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国を。高度経済成長期の中、その象徴ともいえる「上野」を舞台に、福島県相馬郡(現・南相馬市)出身の一人の男の生涯を通じて描かれる死者への祈り、そして日本の光と闇…。「帰る場所を失くしてしまったすべての人たち」へ柳美里が贈る傑作小説。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2014年5月18日

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