書評

『ゴールドラッシュ』(新潮社)

  • 2017/07/11
ゴールドラッシュ  / 柳 美里
ゴールドラッシュ
  • 著者:柳 美里
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(398ページ)
  • 発売日:2001-04-25
  • ISBN:4101229228
神戸の事件に心底から衝撃を受けたという柳美里氏が、十四歳の少年を主人公に渾身のフィクションを書き上げた。舞台は横浜。少年の家庭は裕福だが、母親は離婚同然で不在、姉も高校に通わず遊び歩くなど崩壊している。孤独な少年は、パチンコ店チェーンを経営するワンマンな父親と衝突して、衝動的に殺害。札束を手につかの間の全能感に浸るが、次第に追いつめられ、ついには罪の意識に目覚めるまでが描かれる。

ドストエフスキーの『罪と罰』と展開が似ている。著者の愛読書だそうだが、狂乱のバブル経済や戦後の年輪を刻む裏街を背景に、今の日本を生きる人びとの心の空虚を問いかける小説に生まれ変わった。

罪と罰〈上〉  / ドストエフスキー
罪と罰〈上〉
  • 著者:ドストエフスキー
  • 翻訳:工藤 精一郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(585ページ)
  • 発売日:1987-06-09
  • ISBN:4102010211
内容紹介:
鋭敏な頭脳をもつ貧しい大学生ラスコーリニコフは、一つの微細な罪悪は百の善行に償われるという理論のもとに、強欲非道な高利貸の老婆を殺害し、その財産を有効に転用しようと企てるが、偶然その場に来合せたその妹まで殺してしまう。この予期しなかった第二の殺人が、ラスコーリニコフの心に重くのしかかり、彼は罪の意識におびえるみじめな自分を発見しなければならなかった。

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作品としての完成度は、いまひとつかもしれない。人物や筋の運びが類型的だし、文体もどこかまとまりがない。にもかかわらず本書が読ませるのは、十四歳の少年が平気で人を殺すなんて、心の中はどうなっているのだろうという人びとの疑問に、正面から答えようとしているからだ。

いくつかの夢の描写が効果的である。地の文がいつの間にか夢のなかに入り込み、少年の恐れや願望や、無意識が渦巻くように展開してゆく。少年なりの論理や感情が、痛ましいほど大人たちに無視され、拒否されていくさまも描かれる。少年は、突発的な怒りに自らをゆだねるしかない。

こうして浮かびあがるのは、少年が少年なりに家族を再生させようとしていたことだ。少年は、中年ヤクザの金本に父親を、若いお手伝いの響子に母親を求める。しかし二人は、殺人を許さない。少年の自己中心的な世界は揺らぐ。そして苦悩の末、二人と共に生きるには、罪を引き受け自首するしかないと悟るのだ。

《わたしを信じて。なにかを信じなければ生きていけない》と迫る響子に、少年はとうとう《あぁぁ しんしる しんしるよ》と答える。捨て身で時代に立ち向かった著者の営為が到達した、感動的な結末である。

【この書評が収録されている書籍】
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003 / 橋爪 大三郎
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003
  • 著者:橋爪 大三郎
  • 出版社:海鳥社
  • 装丁:単行本(382ページ)
  • ISBN:4874155421
内容紹介:
1980年代、現代思想ブームの渦中に登場以来、国内外の動向・思潮を客観的に見据えた著作と発言で論壇をリードしてきた橋爪大三郎が、20年間にわたり執筆した書評を初めて集成。明快な思考で知られる著者による、書評の最良の教科書。

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ゴールドラッシュ  / 柳 美里
ゴールドラッシュ
  • 著者:柳 美里
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(398ページ)
  • 発売日:2001-04-25
  • ISBN:4101229228

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 1999年1月24日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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