書評
『変愛小説集』(講談社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
本に恋をしてしまう女性の話(アリ・スミス「五月」)。皮膚が宇宙服になっていき、最後には宇宙へ飛び立ってしまう奇病にかかった妻を何とか地上に留まらせようとする男の話(レイ・ヴクサヴィッチ「僕らが天王星に着くころ」)。芝刈りに来たティーンエイジャーの男の子に恋をしてまるごと呑み込んでしまう人妻の話(ジュリア・スラヴィン「まる呑み」)。妹のバービー人形と交際する男子の話(A・M・ホームズ「リアル・ドール」)。といった、こんな粗雑な要約じゃまったく何も説明したことにはならない、読む人から驚きや爆笑、怖れ、呆然、哀しみといったさまざまな反応を引き出す奇想天外な物語ばかり収録されているのです。
なかでも、わたしがもっとも心惹かれる一篇が、スコット・スナイダーの「ブルー・ヨーデル」です。蝋人形館で人形に混じってポーズをとる仕事に就いていたクレアと出会い、やがて彼女を愛するようになった孤独な青年プレス。ところがフィアンセであり、たった一人の友だちでもあったクレアが、ある日いなくなってしまうのです。プレスは〈きっと僕が迎えに来るのを待っているはずだ。絶対に〉と思いつめ、彼女が乗っている(はずの)飛行船をどこまでもどこまでも追いかけていくようになります。でも――。
この物語の中には、人を追いつめずにはおかないほどの愛、心の目を曇らせ、本当のことを見えなくしてしまうほどの愛を描いて、もの悲しくも不穏な気配があります。そしてその気配は、どんな愛だって端から見れば歪な形をしていることを人に思い知らせるのです。この一篇だけでも定価一九九五円の価値あり。私は嘘をつきません。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
ヘンテコリンな物語ばかりの個性的なアンソロジー
好んで訳すのは、作家になってなかったらどうなっちゃってたんだろうと心配になる人と、これは書いても仕方ないとか書いちゃいけないっていうリミッターが一切ない人。翻訳家・岸本佐知子のそんな発言を読んだことがあります。前者の代表が『灯台守の話』(白水社)のジャネット・ウィンターソン、後者の代表が『中二階』(白水社)のニコルソン・ベイカーでしょうか。でも、そのふたつの条件を同時に満たすのが実は岸本さん自身だということは、傑作エッセイ集『気になる部分』(白水社)や『ねにもつタイプ』を読めば歴然。というわけで、そんな人が編んだ本ですから、「愛」をテーマにしていたって韓流ドラマみたいなべタ甘な物語なぞ入ってこようはずがありません。これは『変愛小説集』というタイトルそのままに、ヘンテコリンな物語ばかり十一篇が収められた、すっごく個性的なアンソロジーなんです。本に恋をしてしまう女性の話(アリ・スミス「五月」)。皮膚が宇宙服になっていき、最後には宇宙へ飛び立ってしまう奇病にかかった妻を何とか地上に留まらせようとする男の話(レイ・ヴクサヴィッチ「僕らが天王星に着くころ」)。芝刈りに来たティーンエイジャーの男の子に恋をしてまるごと呑み込んでしまう人妻の話(ジュリア・スラヴィン「まる呑み」)。妹のバービー人形と交際する男子の話(A・M・ホームズ「リアル・ドール」)。といった、こんな粗雑な要約じゃまったく何も説明したことにはならない、読む人から驚きや爆笑、怖れ、呆然、哀しみといったさまざまな反応を引き出す奇想天外な物語ばかり収録されているのです。
なかでも、わたしがもっとも心惹かれる一篇が、スコット・スナイダーの「ブルー・ヨーデル」です。蝋人形館で人形に混じってポーズをとる仕事に就いていたクレアと出会い、やがて彼女を愛するようになった孤独な青年プレス。ところがフィアンセであり、たった一人の友だちでもあったクレアが、ある日いなくなってしまうのです。プレスは〈きっと僕が迎えに来るのを待っているはずだ。絶対に〉と思いつめ、彼女が乗っている(はずの)飛行船をどこまでもどこまでも追いかけていくようになります。でも――。
この物語の中には、人を追いつめずにはおかないほどの愛、心の目を曇らせ、本当のことを見えなくしてしまうほどの愛を描いて、もの悲しくも不穏な気配があります。そしてその気配は、どんな愛だって端から見れば歪な形をしていることを人に思い知らせるのです。この一篇だけでも定価一九九五円の価値あり。私は嘘をつきません。
【この書評が収録されている書籍】