コラム

若島 正「2018 この3冊」|ニコルソン・ベイカー『U&I』(白水社)、マーティン・エドワーズ『探偵小説の黄金時代』(国書刊行会)、 デイヴィッド・ベロス『世紀の小説「レ・ミゼラブル」の誕生』(白水社)

  • 2019/01/15

2018 この3冊

『U&I』 ニコルソン・ベイカー著、有好宏文訳(白水社)

『探偵小説の黄金時代』 マーティン・エドワーズ著、森英俊・白須清美訳(国書刊行会)

『世紀の小説「レ・ミゼラブル」の誕生』 デイヴィッド・ベロス著、立石光子訳(白水社)



歳(とし)を取ると、虚構よりも事実の方がおもしろくなるものだという話を、よく聞かされてきた。本当かなと思っていたのだが、いざ自分が老人になってみると、たしかにその傾向は感じられる。ここに挙げた三冊もどういうわけか、小説ではなく、小説あるいは小説家について書かれたものばかりが揃(そろ)ってしまった。

『U&I』は、傑作『中二階』と並んで、ニコルソン・ベイカーのベストと呼ぶべき怪作である。ジョン・アップダイクに対する異常な愛情が書かせた本だという以外に言いようがなく、とにかく読んでみることをおすすめするしかない。

『探偵小説の黄金時代』と『世紀の小説「レ・ミゼラブル」の誕生』にも、対象に対する著者の愛着があふれている。それにしても、英国人の事実好きと逸話好き、そして資料の精査ぶりは圧倒的だ。

U & I / ニコルソン・ベイカー
U & I
  • 著者:ニコルソン・ベイカー
  • 翻訳:有好 宏文
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(218ページ)
  • 発売日:2018-09-28
  • ISBN-10:456009649X
  • ISBN-13:978-4560096499
内容紹介:
アップダイクを「読まずに語る」! 『中二階』、『室温』、『もしもし』など、独特の緻密でマニアックな作風で知られる著者が、大作家ジョン・アップダイクへの思いを語った自伝的エッセイ/… もっと読む
アップダイクを「読まずに語る」!

『中二階』、『室温』、『もしもし』など、独特の緻密でマニアックな作風で知られる著者が、大作家ジョン・アップダイクへの思いを語った自伝的エッセイ/ノンフィクション。
1989年夏、かつて教わった作家ドナルド・バーセルミの訃報に接し、落ち込んだ著者は『ニューヨーカー』誌に追悼文を送ろうとする。だがアップダイクがナボコフのために書いた追悼文よりもいいものを書こうとして挫折。敬愛するアップダイクが亡くなったときに同じことになっては立ち直れないと思い、彼についてのエッセイを書くことを思いつく。存命で人気のある大御所について書くことに怖気づきながら『アトランティック』誌に提案すると、編集者が乗り気になる。
そもそも著者が文学の道を歩むことになったのは、19歳のとき母親が新聞に載ったアップダイクのエッセイを読んで大笑いするのを見たのがきっかけだった。アップダイクの著作の半分も読んでいないにもかかわらず、それを開き直るかのように「記憶批評」、「読まず語り」など自ら編み出した技法を駆使しながら、アップダイクに対する矛盾に満ちた感情を研究し、緻密なまでに描写する。「読者」と「書物」の奇妙で切実な関係を浮き彫りにする一冊。

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探偵小説の黄金時代 / マーティン・エドワーズ
探偵小説の黄金時代
  • 著者:マーティン・エドワーズ
  • 翻訳:森英俊,白須清美
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(480ページ)
  • 発売日:2018-10-25
  • ISBN-10:4336063001
  • ISBN-13:978-4336063007
内容紹介:
1930年、チェスタトンを会長とし、セイヤーズ、クリスティー、バークリーら錚々たる顔ぶれが集まり、探偵作家の親睦団体〈ディテクション・クラブ〉が発足した。英国探偵小説黄金時代そのもの… もっと読む
1930年、チェスタトンを会長とし、セイヤーズ、クリスティー、バークリーら錚々たる顔ぶれが集まり、探偵作家の親睦団体〈ディテクション・クラブ〉が発足した。
英国探偵小説黄金時代そのものと言っていい同クラブの歴史と作家たちの交流、フェアプレイの遵守を誓う入会儀式の詳細、リレー長篇出版などの活動、興味津々のゴシップまで、豊富なエピソードによって生き生きと描き出し、MWA賞(研究・評伝部門)を受賞した話題作。図版多数の一大人物図鑑。

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世紀の小説『レ・ミゼラブル』の誕生 / デイヴィッド・ベロス
世紀の小説『レ・ミゼラブル』の誕生
  • 著者:デイヴィッド・ベロス
  • 翻訳:立石光子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(364ページ)
  • 発売日:2018-07-14
  • ISBN-10:4560096457
  • ISBN-13:978-4560096451
内容紹介:
傑作小説の評伝 1862年4月4日に発売されるや、翌日午後にはパリで第1部上下巻6000部が完売。第2・3部の発売日には朝6時に早くも出版社の前の通りは人であふれ、行列の整理のために警察官が出動… もっと読む
傑作小説の評伝 1862年4月4日に発売されるや、翌日午後にはパリで第1部上下巻6000部が完売。第2・3部の発売日には朝6時に早くも出版社の前の通りは人であふれ、行列の整理のために警察官が出動する騒ぎに。そして『レ・ミゼラブル』は世界各地でベストセラーとなる。本書はその執筆・出版の過程を縦糸に、小説の背景となる世界経済やユゴーの用いた技巧の考察から、翻訳のいきさつや意外な読まれ方、ミュージカル・映画などの受容までを横糸に織り上げた、いわば「小説の評伝」である。
この作品の背後には多くのものが隠れている。たとえば、マドレーヌ氏ことジャン・ヴァルジャンが模造黒ガラス玉でたちまち莫大な財産を手にした事情は、当時の世界史から推測できる。刊行当時、新聞にはこの作品に対して手厳しい批評がいくつも掲載されたが、マドレーヌ氏が財産を築いた方法にけちをつけたものはひとつもなかった。また、当時のパリの地理と作品中の地理との比較からはユゴーの政治的な心情が、ジャン・ヴァルジャンの囚人番号からは苦悩が透けて見える……。
おなじみの物語の違った顔が楽しめる一冊。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年12月16日

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