書評
『gift』(集英社)
もったいない……。思わずこぼれる憂慮の眩き。こんなにたくさんのアイディアと語りのスタイルとテクニックを、たった一冊の本の中に詰め込んでしまっていいのかしらん。もったいない……。幾度もこぼれる懸念の眩きなんである。だって、これ、フォレスト・ガンプが愛したチョコレート・ボックスのような本なんだもの。一ダース一二通りの味のチョコレート=一九篇の一九通りの読み心地の物語。ラブリィだったり、可笑しかったり、不思議だったり、怖かったり、美しかったり、切なかったり、村上春樹っぽかったり、スリリングだったり、カッコよかったりetc。ガンプがチョコレートをつまむ指を押さえられないように、次の一篇が読みたくてページをめくりたがる己が指を止めることができない。これはそんな、とても贅沢な掌篇小説集なのである。
妖精の足跡を採集し、その存在を確かめるためにビデオを回す〈ぼく〉。映画の撮影に使われたらしい廃屋で餓死を試みる〈あたし〉。奄美の島から恋人に手紙を書いている〈おれ〉。超天才ベイビー〈オトヤ君〉の苦悩の記録。〈低い者〉たちにつけ狙われる一三歳の〈わたし〉。自分の中の少女に目覚めて踊る〈不定冠詞のガール〉。車の後部トランクに次々と人が入っていく様を目撃してしまう音楽ライターの〈彼〉。猫世界の夢を見る食い道楽の〈ぼく〉などなど。ワンアイディアものから、膨らませれぽすごく面白い長篇小説になりそうなものまで、古川日出男の現時点でのスキルが惜しげもなく開陳された、薄いくせして太っ腹な本なのだ。
とりわけ素晴らしいのが、象やら熊やらトナカイやらオカピーやらの仮面をつけた中学生のアニマルメンが、郵便ポストを青く塗り直すために自転車で真夜中の町を疾走する「鳥男の恐怖」 と、軍用のランドローバーに仔犬たちと“あるもの”を乗せた若い女が、戦時下の砂漠地帯のボーダーを越える様を描いた「天使編」。ここを端緒に長篇小説を書いてくれないかなあ。「書いて書いて書いて……」、古川さんの耳元で唱え続けたい。読む者を不気味に切羽詰まらせるほどの傑作掌篇なのである。
『沈黙』『アビシニアン』『アラビアの夜の種族』『サウンドトラック』といった名作を生み出し続けている古川日出男を、エンタメだ、純文だ、ミステリーだ、SFだと、狭いジャンルの中に閉じこめてはいけない。小説が言葉で成り立っていること、文章の連なりが小説であること、その単純な事実の意味と重さをしっかり心に留めている真正作家による、これは、小説を愛するわたしたちへの”贈り物”なのである。物語を求めて止まない、この一切の普遍化を拒む広くて多様な世界への捧げものなのである。
【この書評が収録されている書籍】
妖精の足跡を採集し、その存在を確かめるためにビデオを回す〈ぼく〉。映画の撮影に使われたらしい廃屋で餓死を試みる〈あたし〉。奄美の島から恋人に手紙を書いている〈おれ〉。超天才ベイビー〈オトヤ君〉の苦悩の記録。〈低い者〉たちにつけ狙われる一三歳の〈わたし〉。自分の中の少女に目覚めて踊る〈不定冠詞のガール〉。車の後部トランクに次々と人が入っていく様を目撃してしまう音楽ライターの〈彼〉。猫世界の夢を見る食い道楽の〈ぼく〉などなど。ワンアイディアものから、膨らませれぽすごく面白い長篇小説になりそうなものまで、古川日出男の現時点でのスキルが惜しげもなく開陳された、薄いくせして太っ腹な本なのだ。
とりわけ素晴らしいのが、象やら熊やらトナカイやらオカピーやらの仮面をつけた中学生のアニマルメンが、郵便ポストを青く塗り直すために自転車で真夜中の町を疾走する「鳥男の恐怖」 と、軍用のランドローバーに仔犬たちと“あるもの”を乗せた若い女が、戦時下の砂漠地帯のボーダーを越える様を描いた「天使編」。ここを端緒に長篇小説を書いてくれないかなあ。「書いて書いて書いて……」、古川さんの耳元で唱え続けたい。読む者を不気味に切羽詰まらせるほどの傑作掌篇なのである。
『沈黙』『アビシニアン』『アラビアの夜の種族』『サウンドトラック』といった名作を生み出し続けている古川日出男を、エンタメだ、純文だ、ミステリーだ、SFだと、狭いジャンルの中に閉じこめてはいけない。小説が言葉で成り立っていること、文章の連なりが小説であること、その単純な事実の意味と重さをしっかり心に留めている真正作家による、これは、小説を愛するわたしたちへの”贈り物”なのである。物語を求めて止まない、この一切の普遍化を拒む広くて多様な世界への捧げものなのである。
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