書評

『二百年』(講談社)

  • 2018/01/16
二百年 / 大庭 みな子
二百年
  • 著者:大庭 みな子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(179ページ)
  • ISBN:4062063034
内容紹介:
六代に亘る生命の樹、記憶の中で生きるものと現実に伸びていくもの。二百年の時間の流れの中に一族の光と影が交錯し、詩的空間が拡がる長編小説。
ある日の午後の話。語り手である檀(まゆみ)のもとへ、娘の桂と孫の杏子が里帰りしている。桂はちょっと外出し、帰ってきたと思うとうぐいす餅を作り、やがて杏子とともに昼寝をはじめる。先に起きてしまった杏子を連れ、檀は散歩に出かける。帰宅すると、桂は夕飯の支度をしていた……。

この、短くて平穏な午後のひとときに、読者は二百年の旅を体験することになる。檀の追想と未来への思いにしたがって。二百年とは、檀の曾祖父の生まれた時から、杏子が覗くであろう二十一世紀半ばまでの時間である。

きっかけは、杏子が抱えてきた一冊の古い本だった。『経済実務家計要鑑』というその本は、明治三十八年の発行で家庭実用百科事典といった趣。好奇心のかたまりで、終生アメリカに憧れていた、曾祖父直治の購入したものらしい。相続した資産をほとんど使い果たした直治の、数々の伝説めいたエピソードを、檀は思い出す。そして、その妻である曾祖母竹の苦労や罵り声。

海外へ行く夢を果たせなかった直治は、子孫にその夢を託した。娘の松の婿養子には西洋医学を学ばせ、孫の梅子は津田英学塾に通わせる。

胸を焦がす恋も知らずに結婚してしまった松は、与謝野晶子の歌を愛唱している。松の夫は、実は旧友の妻と通じて子どもまでもうけてしまった。彼は、同じように人妻と恋愛をした北原白秋の歌に親しんでいる。梅子は、有島武郎と心中した波多野秋子に憧れているふうである。――というように、時代の気分と文学作品と人との絡みあいが、この小説の句読点として散りばめられていて、興味深い。

曾祖父母、祖父母、父母、そして追憶は檀自身にも及ぶ。亡き夫のこと、そして、一度はその男の子どもを産もうとまで思った相手のいたらしいことが、淡く淡く語られる。

ここでふと私は、今評判の『マディソン郡の橋』のことを思い出した。主人公のフランチェスカは、四日間の美しくもせつない恋を、子どもたちに手紙の形で書き残した。が、檀はこう語るのだ。

わたしはこういうことを誰にも言わずに死ぬだろう。(中略)竹や松や梅子も言わないで心の奥底に収まったものをいくつか持っていただろう。

時代という時間軸を縦糸に、それぞれの世代の日本の女と男を横糸に、二百年という織物が織りあげられた。派手なところはないけれど、穏やかでずっしりとした読後感だ。

【この書評が収録されている書籍】
本をよむ日曜日 / 俵 万智
本をよむ日曜日
  • 著者:俵 万智
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • ISBN:4309009719
内容紹介:
きょうの予定…一日読書。切ない本、わくわくする本、やさしい気持になれる本 実は楽しい古典から、話題のベストセラーまで「ねぇ、これおもしろかったから読んでみて。」。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

二百年 / 大庭 みな子
二百年
  • 著者:大庭 みな子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(179ページ)
  • ISBN:4062063034
内容紹介:
六代に亘る生命の樹、記憶の中で生きるものと現実に伸びていくもの。二百年の時間の流れの中に一族の光と影が交錯し、詩的空間が拡がる長編小説。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞

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