書評

『わたしの土地から大地へ』(河出書房新社)

  • 2017/11/22
わたしの土地から大地へ / セバスチャン・サルガド,イザベル・フランク
わたしの土地から大地へ
  • 著者:セバスチャン・サルガド,イザベル・フランク
  • 翻訳:中野 勉
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(236ページ)
  • 発売日:2015-07-14
  • ISBN-10:4309276121
  • ISBN-13:978-4309276120
内容紹介:
40年にわたり世界の様々な表情を撮り続けた高名な報道写真家セバスチャン・サルガド。“神の眼”を持つと称される彼の人生とは。

写真家サルガドの個人史を追う

公開中の映画『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』(事務局注:現在は公開終了)は、ヴィム・ヴェンダースのドキュメンタリー作品だ。ヴェンダースのドキュメンタリー過去二作のテーマは、キューバ音楽のバンド「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」、舞踏家ピナ・バウシュ。三作目が写真家サルガドと知ったとき、なるほどと感嘆したものだ。世界中の誰もが知りたい相手に照準を合わせるヴェンダースの手腕に、納得させられた。

本書は、そのサルガドの語りによって構成された一冊である。世界的写真家としてつとに名声の高いサルガドは、世界の飢餓や貧困、戦乱、過酷な労働、第三世界の状況などを撮影し続けてきた。実際、写真集『人間の大地 労働』『エクソダス』は、サルガドの写真の持つ高い精神性を示唆するものだ。本書の聞き手であるジャーナリストの著者は記す、サルガドの写真を見ることは「人間の尊厳を体験するということ」。たしかに、神の視点とも評されるモノクロームの写真はバロック的な光と重厚さにあふれ、泰西名画を思わせる美しさだ。奇跡の情景を目の当たりにするおののきさえ感じさせ、「尊厳」という言葉を当てはめれば、すべてがしっくりとくる。ヴェンダースにしても、映画のなかで「彼の作品が美しすぎるのではないか、芸術的すぎるのではないか、という評価」があると認め、その上で、みずからの見解を述べていた。私が本書に関心をもったのもまさにそこで、サルガドの写真を好きかと訊(き)かれれば、答えは保留にしたいところがある。被写体より、撮る側が圧倒的な主導権を掌握するドキュメント写真に対して、収まりのつかなさを抱くからだ。しかし、と同時にサルガドの写真表現を「知ってしまった」あと戻りのできなさがある。だからこそ、読んでみたいと思ったのだ。

1944年、ブラジル生まれ、フランスで経済学者として国際機構に職を得たのち、自身にとってのアフリカを見出し、写真家として生きる決断をする。そののちの地球を横断する数々のプロジェクトには、驚嘆せざるを得ない。インディオとともに何カ月も旅をし、モザンビークの難民たちと来る日も歩き続け、累々と屍骸(しがい)が重なるルワンダに滞留して心身を壊しながらシャッターを押す。サルガドにとって写真は、人生に直結する、生き方の表明だった。

自分への最大の贈り物だったのは、出かけていって、わたし自身の属する種が、何千年も前と同じあり方をしている姿に出会えたことだ

サルガドは、人間の苦悩や悲惨さを乗り越え、生命の進化を見つめながら地球へのオマージュを捧げてきたのだと知ると、腑(ふ)に落ちるものがあった。同志としての妻との結束、ダウン症の息子への思いと生活ぶりなど、家庭人としての姿も明らかにする。サルガドの個人史と人間味が明かされ、その極めてオリジナルな写真世界を解読する手掛かりになるだろう。
わたしの土地から大地へ / セバスチャン・サルガド,イザベル・フランク
わたしの土地から大地へ
  • 著者:セバスチャン・サルガド,イザベル・フランク
  • 翻訳:中野 勉
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(236ページ)
  • 発売日:2015-07-14
  • ISBN-10:4309276121
  • ISBN-13:978-4309276120
内容紹介:
40年にわたり世界の様々な表情を撮り続けた高名な報道写真家セバスチャン・サルガド。“神の眼”を持つと称される彼の人生とは。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2015年8月25日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
平松 洋子の書評/解説/選評
ページトップへ