書評

『鏝絵―消えゆく左官職人の技』(小学館)

  • 2023/11/19
鏝絵―消えゆく左官職人の技 / 藤田 洋三
鏝絵―消えゆく左官職人の技
  • 著者:藤田 洋三
  • 出版社:小学館
  • 装丁:単行本(128ページ)
  • 発売日:1996-11-01
  • ISBN-10:4096063010
  • ISBN-13:978-4096063019
内容紹介:
漆喰の壁に鏝で漆喰を塗り上げ、レリーフを描くように浮き彫りの模様を描く左官の技術、鏝絵。いまなお全国に残るその伝統美を紹介する日本初の鏝絵写真集。こんなにも愉快で、美しいものがあ… もっと読む
漆喰の壁に鏝で漆喰を塗り上げ、レリーフを描くように浮き彫りの模様を描く左官の技術、鏝絵。いまなお全国に残るその伝統美を紹介する日本初の鏝絵写真集。こんなにも愉快で、美しいものがあったとは!

目次

全国鏝絵見て歩き
東北・北陸
中部
関東
関西
中国
四国
九州
鏝絵の誕生と広まり
白壁のできるまで
鏝絵グラフィティ
招福厄除の願いが込められた鏝絵たち
鏝絵名人列伝
フォークロアとしての鏝絵 小林澄夫
左官小史
鏝絵連合王国 松村貞次郎

伊豆の長八、鏝絵巡り 伊豆の長八美術館他
全国鏝絵地図
鏝絵・左官用語解説

土とコテで作った怪作、力作

日本でも中国でもヨーロッパでも、土や煉瓦(れんが)の壁の上に白い漆喰(しっくい)を塗って仕上げることが大昔から行われていた。日本なら、高松塚の中は総漆喰塗りだし、法隆寺の壁もそう。そして、白い壁を見ると何か描きたくなるのは人情で、大昔の人は仏様や宮廷生活なんかを描いた。こうした漆喰を下地にする絵のことをヨーロッパではフレスコ画という。日本では何というかというと、相当する言葉がない。言葉が消えたのは実体が消えたからで、高松塚や法隆寺に描かれた後、残念ながら技法は途絶えてしまった。その代わり、漆喰壁の上に和紙を袋貼りして(貼付壁という)筆を走らせる障壁画が栄え、これが日本流の壁画となった。

室町、戦国、安土桃山、江戸と和紙の時代が続き、江戸が傾きはじめると、突然、漆喰の絵が現われた。これを鏝絵と呼ぶ。ヨーロッパのフレスコ画の影響があったわけでもなく、成立の事情はどうもはっきりしないが、天保期に活躍を開始する伊豆松崎生まれの左官の長八が、それまで小規模になされていた技法を発展させたものとされている。

鏝絵は、フレスコ画と混同しやすいが、基本的に違っている。フレスコ画も法隆寺の壁画も、漆喰の上に筆と絵具で描いているのに対し、鏝絵は名のとおり筆の代わりに鏝を、絵具の代わりに顔料の入った漆喰を使う。色のついた漆喰を鏝で盛り上げたり塗り込めたりしたのが鏝絵なのである。孤立した日本固有の技法。

にもかかわらずというか、だからというか、伊豆の長八のことを除くと、これまで鐘絵の本は一冊もなかった。そして、現在、ほとんど注目されることもなく、戦前の鏝絵は消滅の時を迎えている。

こうした中でぜひしておかなければならないのは、全国の鏝絵を探し、その魅力を広く伝えることだろう。カメラマンにして鏝絵ファンの藤田洋三さんがその仕事を、各地のファンの協力を得て、やってくれた。

いろんな例が登場する。長岡には壁から戸袋までいたるところを花やら十二支やらの図柄で埋めた土蔵がある。鏝絵は“建築の刺青”といっていいから、これなどはさしずめ総身彫りだ。実際、鏝絵の図柄は刺青と共通性があり、龍、唐獅子、牡丹、虎などが多い。しかし、刺青には絶対にないものもある。たとえば鏝絵の特産地としてファンだけが知っている大分県安心院(あじむ)町周辺には、福禄寿の長いハゲ頭を大黒様の西洋床屋が手入れしている図柄とか、腹を上に向けて泳ぐフグとか、おもしろいものが多い。

もちろん元祖の長八の作も収録されているが、元祖と各地の左官をくらべると、私としては各地の腕自慢の方に軍配を上げたい。長八は、江戸の狩野派に学んだせいか、鏝絵を本当の絵に近づけよう近づけようとする。しかし、しょせんはコテと土の仕事で、線の微妙も色の鮮やかさもかなうわけはない。ところが各地の腕自慢ときたら、虎が猫に変じようが、ブルーの竹が生えようがおかまいなし。鏝にまかせてグイグイ盛り上げ、日本画とは別の表現領域を作り出している。泥くさい、という言い方があるが、泥くささにかけて鏝絵の右に出るものは原理的にありえない。「鏝の使い方を人に盗まれないように筵(むしろ)を巡らせ、のぞかれないように仕事をした、かつての左官の親方達」の力作、大作、怪作を堪能していただきたい。

【この書評が収録されている書籍】
建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN-10:4794964765
  • ISBN-13:978-4794964762
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

鏝絵―消えゆく左官職人の技 / 藤田 洋三
鏝絵―消えゆく左官職人の技
  • 著者:藤田 洋三
  • 出版社:小学館
  • 装丁:単行本(128ページ)
  • 発売日:1996-11-01
  • ISBN-10:4096063010
  • ISBN-13:978-4096063019
内容紹介:
漆喰の壁に鏝で漆喰を塗り上げ、レリーフを描くように浮き彫りの模様を描く左官の技術、鏝絵。いまなお全国に残るその伝統美を紹介する日本初の鏝絵写真集。こんなにも愉快で、美しいものがあ… もっと読む
漆喰の壁に鏝で漆喰を塗り上げ、レリーフを描くように浮き彫りの模様を描く左官の技術、鏝絵。いまなお全国に残るその伝統美を紹介する日本初の鏝絵写真集。こんなにも愉快で、美しいものがあったとは!

目次

全国鏝絵見て歩き
東北・北陸
中部
関東
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白壁のできるまで
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招福厄除の願いが込められた鏝絵たち
鏝絵名人列伝
フォークロアとしての鏝絵 小林澄夫
左官小史
鏝絵連合王国 松村貞次郎

伊豆の長八、鏝絵巡り 伊豆の長八美術館他
全国鏝絵地図
鏝絵・左官用語解説

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 1997年1月12日

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