書評
『写真集よみがえる古民家―緑草会編「民家図集」』(柏書房)
見事な魂の図録
美智子さまのご実家、正田家邸宅があっけなく取り壊されたが、ああした所謂西洋館建築は大正から昭和にかけて夥しく造られ、そしてそのほとんどすべてが既に消滅したことと思われる(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2003年8月)。さらにもう一時代の昔、和洋折衷の西洋館以前には、茅葺きの堂々たる民家が日本国中どこにも甍を並べつつ、この国の建築文化の香り高さを誇っていたのである。しかしそれも今では、ほとんど見当たらぬという時代になった。これはたしかに国風(こくふう)の衰微であったと言うことができる。
けれども、江戸時代以来の伝統的番匠(ばんじょう)の技をば美しと見、尊しと感じて、これをせめて写真と図面に残したいと思った人たちもあった。すなわち、家というものは、単にハードウエアとしての建物という留まらず、むしろ、人々の暮しと切実なる魂の営みとを包み込む器であり、千古の昔から伝承せられた生活のノウハウの集積であるという問題意識を持って、これらを正確に記録した写真図録があった。これが昭和五年から六年にかけて全部で十二輯に亙って刊行された緑草会編『民家図集』である。この名著は永らく歴史の彼方に埋没して知る人すらなくなっていたのだが、それがこの度、古川修文氏らの努力によって見事に復刻され、かつ詳細な注釈や考察が加えられて、新たな建築文化史の書物として蘇った。ちょっと高い本ではあるが、しかし、こういう地味な本を出した出版社の志も真に嘉(よみ)すべきものがある。読んでみると、一葉一葉実に見事な見事な写真に、また奥行きのある解説が付けられていて見飽きるということがない。さらに、町並みや田園の風景なども併収されているのも懐かしい。
これらの写真のなかには幾多の物語を読み取ることが出来、その意味ではそこらの小説などを読むよりもはるかに面白い。かかる出刊の挙を応援する意味でも、また日本人としてのアイデンティティを再確認する意味でも、是非一本を座右にせられんことを。
初出メディア

スミセイベストブック 2003年8月号
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