書評

『ゴリラ』(東京大学出版会)

  • 2017/12/26
ゴリラ / 山極 寿一
ゴリラ
  • 著者:山極 寿一
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(255ページ)
  • ISBN:4130633244
内容紹介:
情熱の動物記。フィールドワークが拓く“人類を超えた動物たち”の世界。

「人間よりも進みすぎた」隣人に学びたい

細胞にも色艶(いろつや)がある。明けても暮れても試験管をのぞいているうち、その色艶が見分けられるようになると、もう「一心同体になるほどに彼らを愛し」はじめている。だから色艶が悪いと、風邪をひいているのではないかと心配になる……。生物学者の岡田節人のことばだ。

「愛さないと見えないものがある」とは、ドイツの哲学者、マックス・シェーラーの思想であり、文化人類学者、岩田慶治の、研究をふり返っての深い感想でもある。この思いが、今西錦司、伊谷純一郎、そして山極寿一へと続くわが国の霊長類学者の調査にも色濃くただよう。

限られた観察時間でデータをとり、論文を量産し、書いた後はその動物に関心を失う「小回りのきく賢い学者」になるより、「対象にずっと感動と愛着をもち続ける動物学者になりたい」と思ってきたその山極が、アフリカの熱帯林に足を踏み入れてかれこれ30年近くになる。

ゴリラは「人間になれなかった動物」ではなく、「人間よりも、ある方向へ進みすぎてしまった動物」である。ゴリラは、人間もかつてもっていたはずの「高い許容力」と「思いがけない可塑性」をそなえた社会構造をもっている。それに、遺伝的にサルより人類に近い。類人猿は「人類の過去を探る辞書のひとつ」なのだ。われわれ人類がくり返してきた衝突の悲しい歴史を<共存>の途(みち)へと切り替えるには、その類人猿がたどった<共存>の別の途から、あるいはまた「人類とは異なる自然の見方や利用法」から、うんと学ぶ必要がある。「われわれ人類はけっして最善の方法で自然と接してきたわけではない」からだ。山極はそう考える。

が、われわれはこの隣人のことをまだよく知らない。「人間の負の部分」としてむしろ遠ざけてきたからだ。その生態の本格的な調査も、50年代の終わりに開始されたばかりだ。

ベートーベンやイカルスといった名で個体識別しながら、来る日も来る日もゴリラの糞(ふん)を計量し、水洗いしてから、新聞紙の上に拡(ひろ)げ、竹べらでかき分け内容物を分析する。まるで宝物を扱うように。この「糞分析」に4年間。一集団のゴリラを2年間ひたすら追跡し、交尾、育児、社会行動を子細に観察し、3475のネスト(巣)を調査する。度重なる子殺しと異なる集団間でのメスの移籍の機制を、ああでもない、こうでもないと推理する。気が遠くなるほど地道な調査である。

が、その研究がひどく難しくなっている。ゴリラが、90年代以降激減しているからだ。内戦の激化と難民の大規模な移動、それによる密猟の横行、ブッシュミート(野生動物の獣肉)の商取引の急増、エボラの流行による病死がその直接の理由である。不安定な政情のなかで、地元住民とともに基金を募り、からだを張ってゴリラの保護運動と地域の環境教育に取り組むその山極を突き動かしているのは、ヒトの観念さえ揺さぶるこんな信念だ――「現代人の身体には心の歴史の百倍におよぶ体験が刻印されている。心が身体を思うがままに操れるわけがない」。

【新版】
ゴリラ 第2版 / 山極 寿一
ゴリラ 第2版
  • 著者:山極 寿一
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(292ページ)
  • 発売日:2015-09-02
  • ISBN:4130633449
内容紹介:
ゴリラと人間の共存の道を求めておよそ40年にわたり続けられた、第一人者によるゴリラ研究の集大成。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ゴリラ / 山極 寿一
ゴリラ
  • 著者:山極 寿一
  • 出版社:東京大学出版会
  • 装丁:単行本(255ページ)
  • ISBN:4130633244
内容紹介:
情熱の動物記。フィールドワークが拓く“人類を超えた動物たち”の世界。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2005年7月03日

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