書評

『ビーズでたどるホモ・サピエンス史』(昭和堂)

  • 2020/08/17
ビーズでたどるホモ・サピエンス史 / 池谷 和信
ビーズでたどるホモ・サピエンス史
  • 著者:池谷 和信
  • 出版社:昭和堂
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2020-04-11
  • ISBN-10:4812219272
  • ISBN-13:978-4812219270
内容紹介:
ビーズの誕生した約十万年前から現在まで、地球全域をフィールドに、ビーズを軸にホモ・サピエンス史をたどる。

シンボルを共有し、こだわる罪深い脳

ビーズの研究は絶対的に重要である。ビーズは「素材に穴をあけて紐(ひも)でつなげたもの」だが、ほかの道具とは決定的に異なっている。ビーズは無くても死なない。槍や火打石の如き、生活必需の実用品ではなく、愛玩物である。ところが、石器時代の飢餓のなか、ビーズ作りに熱狂する壮大な「無駄」をやった我々ホモ・サピエンスが生き残った。ネアンデルタール人もビーズをもったが、マンモスの牙で1万点のビーズを作る執念をみせたのは我々である。他の動物とは違う明らかな「変態」で、この変態性が文明を作った。

米スミソニアン博物館の展示によると、人類が槍や刃をもったのは25万年前。ビーズをもったのは12~10万年前である。しかし、ビーズはすぐには定着せず、7万年前に「認知革命」がおきて象徴シンボルにこだわる生き物にホモ・サピエンスが変化。5万年前に絵画がうまれ、4・5万年前からビーズが我々に定着した。だから、ビーズは絵画に先行する「最古のアート」といわれる。

ひと昔前、高校生が一様にバーバリーの襟巻をしていたが、あんなふうにフォーマットの決まったファッションを人々が共有する現象も、4万年前に発生した。カゴ形の貝製ビーズ(大きさ1・5センチ)が流行して、スペイン・イベリア半島から中東・レバント地方までの人がつけていた。ようするに、ホモ・サピエンスは社会ネットワークが広い。シンボルを共有し、異様に、こだわる。ネアンデルタール人にはなかった特徴であり、文字や宗教や国家や戦争を生み出したのは、我々が、そういう罪深い脳をもったためである。

食べられず、使えもしないビーズが愛されるのは、ビーズが美や富(希少)を象徴し、それに憧れ、独り占めにしたい気持ちがあるからだろう。国家や文字に興味を示さなかった民族は珍しくないが、ビーズには、どの民族も興味を示した。ホモ・サピエンスの脳は透明で輝くものに反応するように出来ていて、ダイヤやガラスに魅了される悲しい性をもつ。近代になると、それが悪用された。ガラスビーズの生産技術はヨーロッパ列強や中国に限られた。欧米列強や当時の「先進」国はこれを交易に使って、アフリカやアジアの先住民から資源や労働力を巻きあげた。アイヌも例外ではなく、ガラスビーズに魅了され、和人にさまざまな産物を差し出した。

本書は18章もあって、さながらビーズのように、世界のビーズの歴史と文化への考察が数珠つなぎになっている。中東の女性が、きらびやかなビーズを身に着けるのは有名だが、あれが大阪の「松野工業」製とは知らなかった。大阪のおばちゃんと中東の女性は、同じビーズを身に着けていたのだ。

また、本書から日本考古学のビーズ研究の最前線をみて感じた。古墳時代の始期に、近畿が列島外から管玉(くだたま)ビーズを輸入し、地方の豪族に配る動きがみられるから、卑弥呼はビーズファッションのリーダーであったかもしれない。また、5世紀頃、インド・東南アジアのビーズが大量輸入され、数十万個以上が出土している。応神天皇や雄略天皇は巨大古墳と輸入ビーズの大王でもあった。

ビーズという絶好の切り口で、我々ホモ・サピエンスの理解を深めてくれる好著である。
ビーズでたどるホモ・サピエンス史 / 池谷 和信
ビーズでたどるホモ・サピエンス史
  • 著者:池谷 和信
  • 出版社:昭和堂
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:2020-04-11
  • ISBN-10:4812219272
  • ISBN-13:978-4812219270
内容紹介:
ビーズの誕生した約十万年前から現在まで、地球全域をフィールドに、ビーズを軸にホモ・サピエンス史をたどる。

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毎日新聞 2020年6月27日

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