書評

『声をなくして』(晶文社)

  • 2018/01/12
声をなくして / 永沢 光雄
声をなくして
  • 著者:永沢 光雄
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(297ページ)
  • 発売日:2005-05-01
  • ISBN-10:4794966695
  • ISBN-13:978-4794966698
内容紹介:
『AV女優』などの話題作でインタビューの名手として知られる永沢光雄が43歳の或る日、下咽頭ガンの手術で声を失ってしまった。その闘病生活を1年にわたり赤裸々に日記に綴った。朝起きる。ひど… もっと読む
『AV女優』などの話題作でインタビューの名手として知られる永沢光雄が43歳の或る日、下咽頭ガンの手術で声を失ってしまった。その闘病生活を1年にわたり赤裸々に日記に綴った。朝起きる。ひどい首の痛み。そして、呼吸困難。鼻につながる気管も切除され、呼吸は左右の鎖骨の間に空いた穴から行う。全身にどんよりとした疲れ。まず最初の日課は焼酎の水割りで大量の薬をのどに流し込むことだ。そんな日々でありながら、筆者の筆致はユーモアに満ち、声を失った自分を時にはおかしく、時には哀しく描いている。何があっても生きる。だから、みんなも、毎日がつらくても生きて欲しい。他者への暖かいまなざしを持ち続ける筆者のそんなメッセージが行間にあふれている。

<弱さ>晒す人間同士のいたわりの作法

泣かせるルポを書きついできた永沢光雄。その彼が、下咽頭ガンの手術を受け、声を奪われた。起きるなり首に激しい痛みが襲い、ときに呼吸困難にもなる。手の指を一本動かすのさえぎりぎり痛むことがある。耳鼻科、精神科、腎臓内科、皮膚科と、ぐるぐる回る毎日……。

辛いに決まっている。が、文は躍る。ずっこけたり、突き落とされたり、押し黙ったり、号泣したり。

患者としてはサイテーと判断される。朝から焼酎をあおり、大量の薬も焼酎の水割りで流し込む。が、生きるってまあそういうものかと、妙に納得させられる。

もともと、図々しく話を聴くことのできないインタビュアーだった。なのに、こころの琴線にふれると、すぐに逆上してしまう。約束もなかなか守れず、守れなかったことで傷口がいよいよ広がって、がくんと落ち込む。ダメさ、いじけやすさ、甘えた……、そんな<弱さ>を晒して生きてきたひと。

意地っぱりな言葉や怒号、ときに無防備すぎる吐露のあいだで、わたしは看病する奥さんの表情やふるまいを必死に想像していた。酒については一言もいわず、毎日、スポーツ新聞とパック入りの焼酎を買って帰る。おならをするつもりが「大変な惨状」を招いてしまっても、くっくっと笑う。診察室のドアを開けるときは、不可解なほどに明るく、「妻の挨拶で一瞬、そこは病院でなくなる。バーのドアを押したのか、と錯覚さえしてしまう」。マンションから飛び降りかけたときは、前に立ちはだかり、みずからの気持ちには一切ふれず、12時間かけて助けてくれた医師のことのみを訴える。「妻の説得、立派であると思った」

あえて口にしないこと、あるいは想いとは違うほうに言葉をひん曲げたり、心にもない言葉で突っぱねたり、憎まれ口を叩いたりすること。これ、弱虫のくせについ意地は張る、そんなどこにでもいそうな難儀な人間どうしの、逆さになったいたわりの作法でもある。

「めいわくかけて、ありがとう」。たこ八郎の墓碑に刻まれたその言葉を、ふと、思い出した。
声をなくして / 永沢 光雄
声をなくして
  • 著者:永沢 光雄
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(297ページ)
  • 発売日:2005-05-01
  • ISBN-10:4794966695
  • ISBN-13:978-4794966698
内容紹介:
『AV女優』などの話題作でインタビューの名手として知られる永沢光雄が43歳の或る日、下咽頭ガンの手術で声を失ってしまった。その闘病生活を1年にわたり赤裸々に日記に綴った。朝起きる。ひど… もっと読む
『AV女優』などの話題作でインタビューの名手として知られる永沢光雄が43歳の或る日、下咽頭ガンの手術で声を失ってしまった。その闘病生活を1年にわたり赤裸々に日記に綴った。朝起きる。ひどい首の痛み。そして、呼吸困難。鼻につながる気管も切除され、呼吸は左右の鎖骨の間に空いた穴から行う。全身にどんよりとした疲れ。まず最初の日課は焼酎の水割りで大量の薬をのどに流し込むことだ。そんな日々でありながら、筆者の筆致はユーモアに満ち、声を失った自分を時にはおかしく、時には哀しく描いている。何があっても生きる。だから、みんなも、毎日がつらくても生きて欲しい。他者への暖かいまなざしを持ち続ける筆者のそんなメッセージが行間にあふれている。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2005年7月31日

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