書評

『増補改訂 日本の無思想』(平凡社)

  • 2020/01/12
増補改訂 日本の無思想 / 加藤 典洋
増補改訂 日本の無思想
  • 著者:加藤 典洋
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(327ページ)
  • 発売日:2015-12-12
  • ISBN-10:4582768350
  • ISBN-13:978-4582768350
内容紹介:
繰り返される政治家の失言と前言撤回問題から日本人の「タテマエとホンネ」思考の起源を辿り、戦後の欺瞞を問う日本論のベストセラー
戦後日本の思想状況を加藤氏は、「裸の王様」にたとえる。裸なのはみえているのに、誰も言葉にしないので、自分だけが間違っていると思いこむ。嘘をまにうけていることを、気づかなくさせるほど深い自己欺瞞が支配しているという。

なぜか。それは、日本の国民が、自分の価値観を根こそぎにされるほど徹底的に敗れたからだ。敗戦のあと、手のひらを返したように民主主義になびいた。アメリカ占領軍が去れば、いやあれはあの場かぎりと言いつくろった。

ここから、ホンネ/タテマエの区別がうまれる。この二分法は、古くからのものにみえるが、著者はそれがごく新しい、戦後に現れた言い方であることを発見した。口に出さなくても、ホンネはホンネ――言葉を信じないニヒリズムが、思想を不可能にするものの正体だと、著者は看破する。

政治家の失言問題を入り口に、ホンネ/タテマエの区別の起源を追いかけて、本書は、大日本帝国憲法が信教の自由を規定する仕方、古代ギリシャや西欧近代における公共的なもの/私的なものの区分、にさかのぼる。そして、公共的なものを支えるのは、私情(私利私欲)以外でありえないという結論にたどりつく。

『敗戦後論』『可能性としての戦後以後』と、問題作を矢つぎばやに発表している加藤氏が、《いいたいことをそのまま普通の人が読める具合に書いてみ》たのが、本書である(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は199年)。たしかに読みやすい。しかも、内容のほうは妥協なしに、ぎりぎりの厳しい線を追っている。思想の閉塞を乗り越えて進むヒントが、いくつも隠れている。

では、ニヒリズムの診断がついたところで、それをどう克服できるのか。それにはやはり《言葉が力をもつ空間を回復》し、公共的なものの復権をはかることだと、加藤氏は言う。決して新しい提言ではないが、実行するのは容易でない。「王様は裸だ」と口に出す一人ひとりの勇気が、嘘をつき崩すしかないのだ。

【この書評が収録されている書籍】
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003 / 橋爪 大三郎
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003
  • 著者:橋爪 大三郎
  • 出版社:海鳥社
  • 装丁:単行本(382ページ)
  • ISBN-10:4874155421
  • ISBN-13:978-4874155424
内容紹介:
1980年代、現代思想ブームの渦中に登場以来、国内外の動向・思潮を客観的に見据えた著作と発言で論壇をリードしてきた橋爪大三郎が、20年間にわたり執筆した書評を初めて集成。明快な思考で知られる著者による、書評の最良の教科書。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

増補改訂 日本の無思想 / 加藤 典洋
増補改訂 日本の無思想
  • 著者:加藤 典洋
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(327ページ)
  • 発売日:2015-12-12
  • ISBN-10:4582768350
  • ISBN-13:978-4582768350
内容紹介:
繰り返される政治家の失言と前言撤回問題から日本人の「タテマエとホンネ」思考の起源を辿り、戦後の欺瞞を問う日本論のベストセラー

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 1999年7月25日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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