書評

『ガートルードとクローディアス』(白水社)

  • 2018/01/10
ガートルードとクローディアス / ジョン・アップダイク
ガートルードとクローディアス
  • 著者:ジョン・アップダイク
  • 翻訳:河合 祥一郎
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2002-05-01
  • ISBN-10:4560047456
  • ISBN-13:978-4560047453
内容紹介:
父王の選んだ無骨な男との結婚に難色を示す娘ガートルード。意に沿わぬ結婚生活のはて、次第に夫の弟に心を許していく……。ハムレットの母になる女の心理を鮮明に追った長編小説。【編集者より… もっと読む
父王の選んだ無骨な男との結婚に難色を示す娘ガートルード。意に沿わぬ結婚生活のはて、次第に夫の弟に心を許していく……。ハムレットの母になる女の心理を鮮明に追った長編小説。
【編集者よりひとこと】
本作は、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』に取材した作品で、ハムレットの母ガートルードを主人公とした長編小説です。作者の華麗な文体で彩られた物語は、ガートルードという女性の心の移り変わりを見事なまでに写し出しています。そして、この作品の最終章が『ハムレット』の幕開へと続きます。各章ごとで主な登場人物の表記が変わりますが、これは、古代ハムレット伝説などを作者が参考にした結果です。『ハムレット』前史ともいうべき本作を是非、お楽しみください。
芝居好きなもので、これまで色んなパターンのハムレット劇を観てきたけれど、な~んか共感できなくて、肝心の主人公に。この若造の軽挙妄動のせいで、どれだけたくさんの命が無駄に犠牲になっていくことか。「生きるべきか、死ぬべきか」なんてカッコつけて悩んでる間に、神経衰弱になりかけてる己の恋人の世話でもしたらんかいっ! 思わず一喝したくなるナルシスト坊やなんである。

で、そんな困った君の母親ガートルードがまた、存在感が希薄というか、意志薄弱というか、同性としてイラつく存在で。再婚相手の義弟と息子の間にはさまれて右往左往するばかり。「あたし、何にも自分で決めらんな~い」てな手合いで、シェイクスピアにしちゃあ手抜きの人物造型すぎだろー、と思わざるをえない女性像になっているのだ。そんなこんなの欠点の目立つ作品なのよ、『ハムレット』は。

ところがここに一冊の小説が現れて、この作品にまつわる不満や疑問を一気に解決してくれた。『走れウサギ』(白水uブックス)といった数々の名作で知られるアメリカの巨匠、ジョン・アップダイクの『ガートルードとクローディアス』。これは、目からウロコの傑作なのである。

自由闊達な少女時代を満喫していたのに、一六歳で粗野な大男とピンとこない結婚をさぜられて、イマイチ愛せないまま悶々とした結婚生活を送っていたガートルード。そんな時、夫の弟クローディアスが現れる。諸国を遍歴していたから話題は豊富だし、武骨な夫と比べると繊細。とっても大事に扱ってくれて、おまけにちょっといい男。でもって、どうやら自分を愛してくれてるらしい。――そりゃ、心魅かれるよねえ。マッチョな夫が死んでくれた暁にゃあ、クローディアスと再婚したくもなるのも「わかる、わかる」ってなもんでしょ?

とまあ、そんな具合にアップダイクは原作には描かれていない、亡き夫とガートルードの味気ない結婚生活や、ガートルードとクローディアスが愛しあうに至った経緯、クローディアスがなぜ兄殺しという大罪を犯さざるを得なかったのかという理由を丹念に語りおこしてみせる。とりわけ、シェイクスピア劇では意志のないお人形さんのように描かれているガートルードを、血肉をまとう生きた女として再生させている点が見事。『メイプル夫妻の物語』や『結婚しよう』(ともに新潮文庫)などでも見られる、アップダイクの女性理解の深さ、温かさが、ここでもちゃんと活かされているのだ。

この小説に描かれているのは、ハムレットの物語が始まる直前までの出来事。だから、本来の主人公は後景のひとつとして登場している。ワガママな幼児として、早くから母親をはじめとする女性全般への侮蔑的視線を獲得した生意気な青年として、政治なんて無粋なものにかかわりたくないから、三〇歳すぎても外国の洗練された都市でふらふらしているプータローとして。まだ危険人物とは言い難い放蕩息子だけれど、不穏な雰囲気はすでに漂わせていて、それがまた今後の不幸を予感させてヤな感じなのである。だって、この物語につきあってきた読者にとって、今や感情移入の対象はガートルードとクローディアスなんであって、ハムレットじゃないんだから。

そして、その感情移入の転移ゆえに、読者はクローディアスが物語の最後にもらす「すべてよし」という言葉に戦慄を覚えないではいられないのだ。だって、わたしたちはハムレットの復讐がまさにこれから始まることを、この青二才がどうやって周囲の全ての人間を悲劇の渦に引きずりこむのかを知っているんだから。ハムレットの物語のプロローグとして、これほど皮肉な締め括りもあるまい。巧い、本当に巧い小説だ。

走れウサギ / ジョン・アップダイク
走れウサギ
  • 著者:ジョン・アップダイク
  • 翻訳:宮本 陽吉
  • 出版社:白水社
  • 装丁:新書(252ページ)
  • 発売日:1984-01-01
  • ISBN-10:4560070644
  • ISBN-13:978-4560070642
内容紹介:
高校時代には《ウサギ》と異名をとったバスケットボールの花形選手であったハリーもいまは勤勉なサラリーマンである。だが家事を顧みない妻との空虚な生活には耐えられなかった。ある夜衝動的に深夜の街へとび出す……現代アメリカの内部にある生の姿に挑戦するものとして絶賛を博した作品。

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メイプル夫妻の物語  / ジョン・アップダイク
メイプル夫妻の物語
  • 著者:ジョン・アップダイク
  • 翻訳:岩元 巌
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(320ページ)
  • 発売日:1990-10-01
  • ISBN-10:4102056068
  • ISBN-13:978-4102056066
内容紹介:
離れては寄りそい、寄りそってはまた離れる男女の心の絆-時には喧嘩し、時には和解し、結婚という長い道程を二人は歩んでいく。遥かな、遠い道程-。メイプル夫妻という一組の夫婦を主人公に、新婚時代から始まって、20数年後に破局が訪れるまでの二人の心の揺れを繊細に描いた17編の短編集。著者アップダイク自身の結婚生活をもっとも忠実に反映した自伝的作品である。

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結婚しよう  / ジョン・アップダイク
結婚しよう
  • 著者:ジョン・アップダイク
  • 翻訳:岩元 巌
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(515ページ)
  • 発売日:1988-08-01
  • ISBN-10:410205605X
  • ISBN-13:978-4102056059
内容紹介:
僕たち結婚しよう。二人で新しい生活を始めるんだ…。お互いに家庭のあるジェリーとサリーは、人目をしのんで愛しあい、ついにそう決意する。それぞれの妻や夫との確執や対立を乗り越えて、彼らは晴れて夫婦になれることになるのだが…。アメリカ東海岸のロング・アイランド海峡に面した美しい町を舞台に、二組の若い夫婦がくりひろげる長い夏の日のラブ・ストーリー。

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【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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ガートルードとクローディアス / ジョン・アップダイク
ガートルードとクローディアス
  • 著者:ジョン・アップダイク
  • 翻訳:河合 祥一郎
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(240ページ)
  • 発売日:2002-05-01
  • ISBN-10:4560047456
  • ISBN-13:978-4560047453
内容紹介:
父王の選んだ無骨な男との結婚に難色を示す娘ガートルード。意に沿わぬ結婚生活のはて、次第に夫の弟に心を許していく……。ハムレットの母になる女の心理を鮮明に追った長編小説。【編集者より… もっと読む
父王の選んだ無骨な男との結婚に難色を示す娘ガートルード。意に沿わぬ結婚生活のはて、次第に夫の弟に心を許していく……。ハムレットの母になる女の心理を鮮明に追った長編小説。
【編集者よりひとこと】
本作は、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』に取材した作品で、ハムレットの母ガートルードを主人公とした長編小説です。作者の華麗な文体で彩られた物語は、ガートルードという女性の心の移り変わりを見事なまでに写し出しています。そして、この作品の最終章が『ハムレット』の幕開へと続きます。各章ごとで主な登場人物の表記が変わりますが、これは、古代ハムレット伝説などを作者が参考にした結果です。『ハムレット』前史ともいうべき本作を是非、お楽しみください。

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初出メディア

PHPスーパーワイド(終刊)

PHPスーパーワイド(終刊) 2002年9月

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