書評

『死の盗聴』(河出書房新社)

  • 2017/07/06
死の盗聴 ) / エド・レイシイ
死の盗聴 )
  • 著者:エド・レイシイ
  • 翻訳:池上 冬樹
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(219ページ)
  • 発売日:1985-06-00
  • ISBN-10:4309724051
  • ISBN-13:978-4309724058
河出書房新社は昨年、アメリカン・ハードボイルド・シリーズと銘打って、大部分が未訳のハードボイルド探偵小説全十巻を、逐次翻訳刊行し始めた。本書はその第九回目の配本に当たる、古き良き時代の私立探偵小説である。

このシリーズは、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』とレイモンド・チャンドラーの『ベイ・シティ・ブルース』を除いては、今まで翻訳されたことのない作品で構成されている。必ずしも傑作揃いというわけにはいかないが、この分野の研究評論にかけては第一人者の、小鷹信光が編者を務めているだけに、それぞれ特色のある作品が集められていて、非常に楽しめる。

エド・レイシイは一九五七年度に『ゆがめられた昨日』で、エドガー賞(アメリカ推理作家協会最優秀長編賞)を取った実力派である。私立探偵小説でこの賞を取ったのは、ほかにチャンドラーとロバート・B・パーカーだけだから、本来ならばもっと訳されていい作家なのだが、もう一つわが国では評価が低い。このひとの『さらばその歩むところに心せよ』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)などは、悪徳警官ものとして常にベスト5にはいる傑作である。 レイシイの作品の特徴は、主人公が必ずといっていいほどなんらかのハンディ、十字架を負わされていることだろう。『ゆがめられた昨日』では黒人の私立探偵、『リングで殺せ』では落ち目になったボクサー、そして本書では、心臓病とインポテンツに悩む私立探偵が主人公である。

心臓病から回復したばかりのビル・ウォレスは、妻ヴィルマや友人の助けで私立探偵の仕事を再開するが、ひょんなことから殺人事件に巻き込まれ、窮地に陥っていく。ウォレスは心臓発作に病的な恐怖を抱いており、ごろつきにからまれても、かつてのように立ち向かう勇気が出ない。しかも家では、妻を愛しているのに心臓が気になり、心因性インポテンツにかかっている。

このように、ただ腕っぷしが強いだけのハードボイルド・ヒーローではなく、屈折した主人公像を描き出すところに、レイシイの持ち味がある。こうした状況設定は、その後のネオ・ハードボイルド小説にいろいろな形で引き継がれており(肺ガン恐怖症、ホモなど)、その意味ではレイシイはネオ・ハードボイルドの先駆者と見ることもできよう。

このシリーズには、各巻に懇切丁寧な解説と「ハードボイルド雑学事典」がついていて、それが独立した資料として他に類のない価値を持っている。そのためだけに買っても損をしないくらいである。久びさのヒット企画であり、第二期シリーズの刊行が期待される。

ベイ・シティ・ブルース  / レイモンド・チャンドラー
ベイ・シティ・ブルース
  • 著者:レイモンド・チャンドラー
  • 翻訳:小泉 喜美子
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(283ページ)
  • 発売日:1988-07-00
  • ISBN-10:430946047X
  • ISBN-13:978-4309460475

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。


ゆがめられた昨日  / エド・レイシイ
ゆがめられた昨日
  • 著者:エド・レイシイ
  • 翻訳:田中 小実昌
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(272ページ)
  • 発売日:1977-08-00
  • ISBN-10:4150726019
  • ISBN-13:978-4150726010

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。


さらばその歩むところに心せよ  / エド・レイシイ
さらばその歩むところに心せよ
  • 著者:エド・レイシイ
  • 翻訳:野中 重雄
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:新書(220ページ)
  • 発売日:1982-12-00
  • ISBN-10:4150005230
  • ISBN-13:978-4150005238

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。


リングで殺せ   / エド・レイシイ
リングで殺せ
  • 著者:エド・レイシイ
  • 翻訳:野中 重雄
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(295ページ)
  • 発売日:1979-05-00

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。



【この書評が収録されている書籍】
書物の旅  / 逢坂 剛
書物の旅
  • 著者:逢坂 剛
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(355ページ)
  • 発売日:1998-12-01
  • ISBN-10:4062639815
  • ISBN-13:978-4062639811
内容紹介:
「掘り出し物」とは、高値のつくべき古本を安く探し出すことではなく、自分一人にとって、掛けがえのない価値のある本と出会うこと。世界一の古書店街、神保町を根城とする名うての本読みが、自信をもってすすめる納得の本、本、本。作品別の索引がついた、絶対に面白い本の読み方、楽しみ方を綴る書物エッセイ。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

死の盗聴 ) / エド・レイシイ
死の盗聴 )
  • 著者:エド・レイシイ
  • 翻訳:池上 冬樹
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(219ページ)
  • 発売日:1985-06-00
  • ISBN-10:4309724051
  • ISBN-13:978-4309724058

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊東洋経済

週刊東洋経済 1985年8月31日

1895(明治28)年創刊の総合経済誌
マクロ経済、企業・産業物から、医療・介護・教育など身近な分野まで超深掘り。複雑な現代社会の構造を見える化し、日本経済の舵取りを担う方の判断材料を提供します。40ページ超の特集をメインに著名執筆陣による固定欄、ニュース、企業リポートなど役立つ情報が満載です。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
逢坂 剛の書評/解説/選評
ページトップへ