書評

『百代の過客 日記にみる日本人』(講談社)

  • 2018/04/10
百代の過客 日記にみる日本人 / ドナルド・キーン
百代の過客 日記にみる日本人
  • 著者:ドナルド・キーン
  • 翻訳:金関 寿夫
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(640ページ)
  • 発売日:2011-10-13
  • ISBN-10:4062920786
  • ISBN-13:978-4062920780
内容紹介:
日本人にとって日記とはなにか。平安時代の『入唐求法巡礼行記』『土佐日記』から江戸時代の『野ざらし紀行』『笈の小文』『奥の細道』まで、八十編におよぶ日記文学作品の精緻な読解を通し、千年におよぶ日本人像を活写。日本文学の系譜が日記文学にあることを看破し、その独自性と豊かさを探究した、日本文化論・日本文学史研究に屹立する不朽の名著。読売文学賞・日本文学大賞受賞作。

日記から見た日本人論

日本人ほど日記を好む民族はない。日本文化研究者としてのドナルド・キーンはこの点に着目し、日記による日本人論を構築した。

著者は早くから平安時代の日記文学に着目していたようだが、日本人を理解するカギとして意識しはじめたのは第二次大戦中、戦場に遺棄されていた日本兵士の手帳を翻訳する仕事をしたことからだったようだ。そのなかには、隣接の軍艦が魚雷に撃沈されたときの恐怖や、七人の生き残りの兵士が新年を祝うのに、わずか十三粒の豆を分け合ったことなどが記されていたという。

アメリカの兵士は、機密保持のため日記は禁じられていたが、日本では日記をつけるという行為が伝統の中にあまりにも確固たる地位を占めているため、禁じるのは逆効果であることを知っていたのかもしれない、というのが著者の推測である。このような指摘は、国文学の専門家からは出てこないものだ。

本書は平安時代初期の僧侶から、幕末の武士にいたるまでの日記や紀行七十七篇をとりあげながら、関連分野として平安時代の歌集と歌物語にも言及している。これまで一般にはあまり知られなかった日記まで、ていねいに紹介し、文学史の欠落をうめていることは評価すべきであろう。

しかし、本書にあげられている日記を、いざ手にとってみようとすると、一般読者が読めるような形にはなっていないものも多い。たとえば藤原定家の「明月記」などは、原文が漢文のうえ長大なので、さすがのキーン氏も解読に苦しんだらしい。「定家がこれを日本語で書かなかったのはいかにも残念である」という評言もある。ここで気がつくのは、漢文は日本人にとっては、何となく国語の一種という感覚があるが、外国人にとってはそうではないということである。

「誰かすぐれた学者が出て、この日記文学の記念碑的作品を現代語(あるいは英語)に訳して、私や私のような読者を、助けてはくださらぬものだろうか」という願いは、いつになったら満たされるのだろうか。

日記というものに対し、著者は資料性のみを求めているのではない。たとえば「奥の細道」には「一家(ひとつや)に遊女もねたり萩と月」という有名な句があるが、同行の曾良の日記にはこの記述が見当たらないので、虚構ではないかという意見がある。しかしキーン氏によれば、「事実からの乖離は、作品の永続的な全体的真実感を、かえって高めている」という。この観点から文学一般の存在理由を記した結論部分は、非常に説得力に富んでいる。

生活環境の変化により、日記に無関心な世代が増えつつある。ワープロ日記なども、一般化しているとはいえない。このような背景の中で、日本文化における日記の魅力と重要性を説いた本書の意義は、きわめて大きなものがあるといえよう。
百代の過客 日記にみる日本人 / ドナルド・キーン
百代の過客 日記にみる日本人
  • 著者:ドナルド・キーン
  • 翻訳:金関 寿夫
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(640ページ)
  • 発売日:2011-10-13
  • ISBN-10:4062920786
  • ISBN-13:978-4062920780
内容紹介:
日本人にとって日記とはなにか。平安時代の『入唐求法巡礼行記』『土佐日記』から江戸時代の『野ざらし紀行』『笈の小文』『奥の細道』まで、八十編におよぶ日記文学作品の精緻な読解を通し、千年におよぶ日本人像を活写。日本文学の系譜が日記文学にあることを看破し、その独自性と豊かさを探究した、日本文化論・日本文学史研究に屹立する不朽の名著。読売文学賞・日本文学大賞受賞作。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

産経新聞

産経新聞 2000年12月9日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
紀田 順一郎の書評/解説/選評
ページトップへ