書評

『ハックルベリー・フィンの冒けん』(研究社)

  • 2018/07/20
ハックルベリー・フィンの冒けん / マーク・トウェイン
ハックルベリー・フィンの冒けん
  • 著者:マーク・トウェイン
  • 出版社:研究社
  • 装丁:単行本(558ページ)
  • 発売日:2017-12-19
  • ISBN:4327492019
内容紹介:
★柴田元幸氏がいちばん訳したかったあの名作、ついに翻訳刊行。 ●オリジナル・イラスト174点収録 ●訳者 柴田元幸氏の作品解題付き(2017年、第6回早稲田大学坪内逍遙大賞受賞)「トム・ソーヤーの冒けん」てゆう本をよんでない人はおれのこと知らないわけだけど、それはべつにかまわない。あれ… もっと読む
★柴田元幸氏がいちばん訳したかったあの名作、ついに翻訳刊行。 ●オリジナル・イラスト174点収録 ●訳者 柴田元幸氏の作品解題付き(2017年、第6回早稲田大学坪内逍遙大賞受賞)「トム・ソーヤーの冒けん」てゆう本をよんでない人はおれのこと知らないわけだけど、それはべつにかまわない。あれはマーク・トウェインさんてゆう人がつくった本で、まあだいたいはホントのことが書いてある。ところどころこちょうしたとこもあるけど、だいたいはホントのことが書いてある。べつにそれくらいなんでもない。だれだってどこかで、一どや二どはウソつくものだから。まあポリーおばさんとか未ぼう人とか、それとメアリなんかはべつかもしれないけど。ポリーおばさん、つまりトムのポリーおばさん、あとメアリやダグラス未ぼう人のことも、みんなその本に書いてある。で、その本は、だいたいはホントのことが書いてあるんだ、さっき言ったとおり、ところどころこちょうもあるんだけど。それで、その本はどんなふうにおわるかってゆうと、こうだ。トムとおれとで、盗ぞくたちが洞くつにかくしたカネを見つけて、おれたちはカネもちになった。それぞれ六千ドルずつ、ぜんぶ金(きん)かで。つみあげたらすごいながめだった。で、サッチャー判じがそいつをあずかって、利しがつくようにしてくれて、おれもトムも、一年じゅう毎日(まいんち)一ドルずつもらえることになった。そんな大金、どうしたらいいかわかんないよな。それで、ダグラス未ぼう人が、おれをむすことしてひきとって、きちんとしつけてやるとか言いだした。だけど、いつもいつも家のなかにいるってのは、しんどいのなんのって、なにしろ未ぼう人ときたら、なにをやるにも、すごくきちんとして上ひんなんだ。それでおれはもうガマンできなくなって、逃げだした。またまえのボロ着を着てサトウだるにもどって、のんびり気ままにくつろいでた。ところが、トム・ソーヤーがおれをさがしにきて、盗ぞく団をはじめるんだ、未ぼう人のところへかえってちゃんとくらしたらおまえも入れてやるぞって言われた。で、おれはかえったわけで。——マーク・トウェイン著/柴田元幸訳『ハックルベリー・フィンの冒けん』より

きわめて上手に下手な語りを再現

タイトルに「おやっ」と思うだろう。「冒けん」とある。ページをひらくと、わかってくる。同じようなのが、どんどん出てくるからだ。「『トム・ソーヤーの冒けん』てゆう本」があって、「マーク・トウェインさんてゆう人」がつくった。つづいて未ぼう人、盗ぞく、洞くつ、サッチャー判じ、利し……。

勉強の足りない中学生のような書き方だが、実際、そのように書いてあって、訳者は正確に訳した。「ハックルベリー・フィン」は「トム・ソーヤー」の続篇とされているが、マーク・トウェインのような才知あふれた人が、前作の人気にあやかる二番煎じなど書くはずがない。まったくちがった物語を世に出した。表記からわかるとおり、ハックの冒険は全篇ハックルベリー・フィンが語るつくりになっている。作者が悪ガキ、浮浪者の少年にもぐりこんで、冒険の一部始終を報告させた。

むろん、下手くそな語り手である。ちゃんとした語彙(ごい)は使えないし、言いまちがうし、同じことをくり返す。語り口の一例をあげると、こんなぐあいだ。

「で、暗くなってから川ぞいの道をのぼってって……」

「で、そのうち、みさきのむこうからあかりがひとつまわってきたから……」

作者はきわめて上手に下手な語り方を再現した。そのなかに少年の正確無比な観察も入れこんだ。

ハックが久しぶりに父親と出くわすくだり。アル中で、暴れ者の浮浪者で、町中の嫌われ者、黒い髪と黒いあごヒゲがもつれ合っている。そんな「かみにかくれてないところ」は白いが、ほかの人の白いのとはちがい、「ムネがわるくなるみたいな白、鳥ハダがたつみたいな白だ」。どうしようもない悪に色があるとすれば、こんな白ではあるまいか。

少年が語り手であって、冒険のすべてが少年という「のぞき穴」を通して伝えられる。ハックが見聞しないことは語れない、せいぜい伝聞として入れ込むしかない。

だから当初は副主人公のように出てくる父親が、90ページ前後でパタリと消える。再び出てくるのは529ページ目、つまり最終ページで言及されるなど。「のぞき穴」にのぞかないと、語りようがないからだ。

仮りに「のぞき穴の原理」とすると、これこそ冒険譚(たん)にもっともふさわしいスタイルだろう。冒険にあっては、一瞬先のことは当人にもわからない。偶然をたよりに、とっさの判断で、状況をしのいでいく。窮屈なダグラス未ぼう人の家をとび出したハックルベリーが、まさにそうだ。偶然手に入れたカヌーで島に逃れ、逃亡奴隷のジムとともに、たまたま手に入れたいかだで大ミシシッピ川を下っていく。

その途中、旅する二人をいかだに受け入れた。当人たちの言い草によると、世が世であれば、公爵、王さまとたてまつられるはずのやんごとなき人物。つづく少年の報告。「このウソつきどもが王さまでも公しゃくでもないことをおれが見ぬくのに、さして時かんはかからなかった」

悪たれ少年はことのほか聡明(そうめい)で、ことのほか成熟している。ペテン師どもが集団リンチへつれていかれるのを目撃して考えた。人間というのは、なんと残酷になれるものか。つづく少年の省察。「人げんのうちがわで、良心ってのはなによりゴソッと場しょを食うのに、なにもいいことなんかない」

『ハックルベリー・フィン』が初めて訳されて百何年になるのか知らないが、ここに初めて日本語として名作が誕生した。(柴田元幸訳)
ハックルベリー・フィンの冒けん / マーク・トウェイン
ハックルベリー・フィンの冒けん
  • 著者:マーク・トウェイン
  • 出版社:研究社
  • 装丁:単行本(558ページ)
  • 発売日:2017-12-19
  • ISBN:4327492019
内容紹介:
★柴田元幸氏がいちばん訳したかったあの名作、ついに翻訳刊行。 ●オリジナル・イラスト174点収録 ●訳者 柴田元幸氏の作品解題付き(2017年、第6回早稲田大学坪内逍遙大賞受賞)「トム・ソーヤーの冒けん」てゆう本をよんでない人はおれのこと知らないわけだけど、それはべつにかまわない。あれ… もっと読む
★柴田元幸氏がいちばん訳したかったあの名作、ついに翻訳刊行。 ●オリジナル・イラスト174点収録 ●訳者 柴田元幸氏の作品解題付き(2017年、第6回早稲田大学坪内逍遙大賞受賞)「トム・ソーヤーの冒けん」てゆう本をよんでない人はおれのこと知らないわけだけど、それはべつにかまわない。あれはマーク・トウェインさんてゆう人がつくった本で、まあだいたいはホントのことが書いてある。ところどころこちょうしたとこもあるけど、だいたいはホントのことが書いてある。べつにそれくらいなんでもない。だれだってどこかで、一どや二どはウソつくものだから。まあポリーおばさんとか未ぼう人とか、それとメアリなんかはべつかもしれないけど。ポリーおばさん、つまりトムのポリーおばさん、あとメアリやダグラス未ぼう人のことも、みんなその本に書いてある。で、その本は、だいたいはホントのことが書いてあるんだ、さっき言ったとおり、ところどころこちょうもあるんだけど。それで、その本はどんなふうにおわるかってゆうと、こうだ。トムとおれとで、盗ぞくたちが洞くつにかくしたカネを見つけて、おれたちはカネもちになった。それぞれ六千ドルずつ、ぜんぶ金(きん)かで。つみあげたらすごいながめだった。で、サッチャー判じがそいつをあずかって、利しがつくようにしてくれて、おれもトムも、一年じゅう毎日(まいんち)一ドルずつもらえることになった。そんな大金、どうしたらいいかわかんないよな。それで、ダグラス未ぼう人が、おれをむすことしてひきとって、きちんとしつけてやるとか言いだした。だけど、いつもいつも家のなかにいるってのは、しんどいのなんのって、なにしろ未ぼう人ときたら、なにをやるにも、すごくきちんとして上ひんなんだ。それでおれはもうガマンできなくなって、逃げだした。またまえのボロ着を着てサトウだるにもどって、のんびり気ままにくつろいでた。ところが、トム・ソーヤーがおれをさがしにきて、盗ぞく団をはじめるんだ、未ぼう人のところへかえってちゃんとくらしたらおまえも入れてやるぞって言われた。で、おれはかえったわけで。——マーク・トウェイン著/柴田元幸訳『ハックルベリー・フィンの冒けん』より

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年2月18日

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