書評

『精選版 日本国語大辞典 全3巻セット』(小学館)

  • 2018/04/22
精選版 日本国語大辞典 全3巻セット / 小学館
精選版 日本国語大辞典 全3巻セット
  • 著者:小学館
  • 出版社:小学館
  • 装丁:大型本(0ページ)
  • 発売日:2006-02-01
  • ISBN:4095219513

全三冊は好適な規模 辞書作りのノウハウを最高度に発揮

愛用する『日本国語大辞典』(第二版)の縮約版ともいうべきものが出て、まず期待感を抱きながら手に取ったが、すぐに縮約以上の内容を備えた辞書とわかって、二重の喜びを味わった。『精選版』と称するだけのことはある。『日本国語大辞典』の関連辞書としては、すでに今春刊行された『日本語語源辞典』があって、一種の専門辞典として重宝している(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2005年12月)。

三年前(二〇〇二年)に全十三巻+別巻一(「漢字索引」を含む)を出して完結した「第二版」は項目数五十万、用例数百万であった。対するに今回の精選版は項目数、用例どもに三十万である。単純に数の上からは減少しているが、スリム化の方針如何によっては、かえって日常の使用にあたって便利になるわけで、そこに「第一版」から数えても三十年以上におよぶ大辞書作りのノウハウが最高度に発揮されている。

たとえば第二版にある「一向(いっこう)という項目は、第二版では約千五百字で「一向」のついた関連熟語が十七項目あるが、精選版では約八百字、関連熟語八項目となり、半分になっている。しかし、よく読んでみると内容は語釈の数を減らすことなく、むしろ用例を最小限必要なものに絞った結果であることがわかる。熟語も「一向宗開山忌」「一向小乗寺」などの、国語辞典としては重要度の低いものを削り、しかも独立項目とせずに「一向」に追い込んでいるので、引く立場からすると全体の見通しがよくなったように思われる。

この種の辞典でむずかしいのは、新語の扱いであろう。最近出来たばかりの流行語は、新語辞典にまかせるとして、数年前までに出現して、すでに定着しているようなことばも「二十世紀までの日本語の集大成」(「発刊にあたって」)という編集方針からは採録したいところである。第一巻だけでは、まだ全容がわかりにくいが、例をあげると「愛社」「愛車」がある。この二つの語彙は第二版にも出ているが、「愛社」の用例が示されず、「愛車」のほうは中村光夫「虚実」(一九六八―六九)の「政彌が旧型のトヨペットの愛車に乗って、勝蔵と尚一を築地見物に誘ひに来た」という用例を掲げているのに対し、精選版では「愛社」の用例として三島由紀夫『鏡子の家』(一九五九)の「愛社精神に富み(略)単純な明るい青年を演じたが」を挙げ、「愛車」は大藪春彦『破壊指令No.1』(一九六六)「愛車モーリス・ミニークーパーSに乗り込む」に差し替えている。こまかな項目にも、より初出に近いか、より適切な用例を探求する姿勢が窺える。

ちなみに初出という点では六〇年に「オーナードライバーのための愛車ハンドブック」というハウツーものが出ているが、辞書では作家などの使用により定着を思わせる例を求めているのであろう。私は大薮春彦が学生作家として雑誌「宝石」にデビューした当時、同世代としてさまざな感慨を抱いたものだが、当時はまさかその文章が大辞典の用例に採用されることになろうとは、夢にも思わなかった。往昔茫々である。

あだしごとはさておき(この慣用句も第二版では江戸時代の人情本、魯文、逍遥、鉄腸の四例をあげているが、精選版では最古の人情本だけに整理)、『日本国語大辞典』の特徴は何よりも用例にある。この辞典の出現以前には、『オクスフォード英語辞典』のような初出用例を掲げた国語辞書の待望論が、各方面から叫ばれていたものだった。それが相当な規模で実現していることは喜ばしい。今回はネット上の「日国ネット」などを通じ、一般より募集した用例や語彙も多数含まれているという。オクスフォードの場合も、そのような「ボランティア・リーダー」との助けを借りることによって、編纂の能率をあげている。

精選版の特徴の一つは、百科項目に最新のデータ(二〇〇五年八月まで)が入っていることだ。第二版の本巻完結後わずかに四年足らず、この間に自治体の合併や各省庁の統廃合だけでも大改訂が必要となる。地名だけ見ても、たとえば歌で有名な「虫明の瀬戸」は、岡山県邑久郡邑久町虫明だが、合併で岡山県瀬戸内市邑久町虫明となった。付近のリゾート地として知られる牛窓町は中国地方の湘南ともいわれる地区だが、これも瀬戸内市に編入されてしまった。このほか京丹後市、下呂市、四国中央市、四万十市などの新しく誕生した市も収録されるらしい。大学など新施設名にしても、ちょっと思いついただけで首都大学東京、東京海洋大学、東京メトロ、都市再生機構などがある。まさに五十年、百年に一度ともいうべき大変動期に辞書も対応しなければならないわけだが。利用者はそれ以上に大変で、信頼できる
新しい情報を含んだ辞書が、従来よりもスピーディーに要求されるようになっている。

もう一つ精選版の長所として、造本設計、装幀のよさを挙げなければならない。まず、十数巻におよぶ大部の辞書を日常的に使いこなすのは努力が必要だ。つまり『日本国語大辞典』第二版では浩瀚に過ぎるし、一冊ものの携帯版国語辞書では用が足りないという場面が多々あっで、その中間があれば便利なのだがと嘆く利用者も多かったことだろう。全三冊は座右に備えるのに、好適な規模といえよう。

以上に見られるように、この精選版は単なるダイジェスト版ではなく、高密度凝縮版ともいうべきものである。造本も角背の重厚なもので、装幀も機能的だ。第二版の際にはエレガントさを感じさせられたものの、配色の関係か巻数表示が読みにくく、引きにくい点があった。精選版は「あ―こ」「さ―の」「は―ん」と明確である。辞書は使いやすさ、能率性を貪婪に追求すべきで、本書はこのような点でも遺漏ないように見受けられる。


精選版 日本国語大辞典 全3巻セット / 小学館
精選版 日本国語大辞典 全3巻セット
  • 著者:小学館
  • 出版社:小学館
  • 装丁:大型本(0ページ)
  • 発売日:2006-02-01
  • ISBN:4095219513

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊読書人

週刊読書人 2005年12月16日

関連記事
紀田 順一郎の書評/解説/選評
ページトップへ