書評

『光る源氏の物語』(中央公論社)

  • 2018/04/23
光る源氏の物語〈上〉 / 大野 晋,丸谷 才一
光る源氏の物語〈上〉
  • 著者:大野 晋,丸谷 才一
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(432ページ)
  • 発売日:1994-08-01
  • ISBN:4122021235
内容紹介:
当代きっての国語学者と小説家が、全巻を縦横無尽に読み解いて、それぞれの立場から丁々発止と意見を闘わせた、斬新で画期的な『源氏』論。時に大胆な歯切れのいい現代語訳が、難解な大古典から豊潤な恋愛小説の世界へと読者を誘い込む。

王朝貴族の昼と夜

日本人が世界に誇れる長篇小説といわれる「源氏物語」。しかし、日本人のどれだけの人が読んだことがあろうか。かくいう私とて、ほとんどはつまみ食いの状態で、読み通したことなど一度もない。

いくら読んでもさっぱりわからない。わからないから面白さもあまり伝わってこない。注釈書を横に置いて読むうちに、ただただストーリーの展開だけを追う始末なのである。

それがどうか。本書を読むにつれ、本格的に「源氏物語」を読んでみたい、という気になってきた。新たな魅力がひきだされ、その面白さが伝わってくるからに他ならない。

このなかで国語学者の大野晋は、物語の作者の目をもって、小説家兼批評家としての丸谷才一は、小説の作り手の目をもって、それぞれ「源氏物語」の内部に、さらに作者紫式部の内実に踏みこむ。こうして物語論と小説論とがかわされ、「源氏物語」の全貌が明らかにされてゆく。あたかも大野式部と丸谷式部の対談といった風情があり、何とも興味深い。

たとえば、大野は、「源氏物語」の前半をa系列とb系列の巻に分類し、それに作者の構想を絡ませて、次のように解剖する。「『源氏物語』の作者はきわめて論理的で明快な頭をもっていますね。ごてごてした筋の物語なんか最初から書いてない。a系を通して読めば、お話は非常に単純ですっきりしていて……結局めでたしめでたしで終るお話がつくられている」

また「紫式部はシメトリーが好きな人で、AといえばマイナスA、BといえばマイナスBと必ず照応するんですよ」とも。

丸谷は小説の作法という観点から、作者の書きっぷりを解剖する。

「ここはとてもいい場面のはずなのにベッド・シーンがあまり上手じゃないですね。たとえば藤壷がどんなにすばらしい女なのかを描写する……形容だくさんの言い方は、理屈としては筋は通っているけれども、小説的陶酔には導かない。訳していて、まあ、なんてへたなんだろうと思いました」

あるいは、「恋愛につきまとう滑稽な趣を宮中風俗によく生かして大変面白い。こういうのは風俗小説的な魅力が非常によく出ていますね」と。

二人とも思ったことを率直に、薀蓄(うんちく)をかたむけて話をするから、同席しているような気分にさせられ、ついついひきこまれてしまう。しかも放談のようなザックバランさをもちながらも、実によく勘所は押さえている。要所要所の文章が引用され、丸谷による訳が付されているので読みごたえもある。

ところで、「源氏物語」の困るところは、文章が曖昧模糊として何がどうなり、おこったのかわからない点である。男女の仲をあれほど扱った物語なのに、その点がわからないでは話にもならない。そのため「実事のありなしをいつもきちんと押さえていかないと、『源氏物語』は読めなくなります」ということになる。

丸谷 いいところですね。あそこは裸でしょう?

大野 裸かどうか、ちょっとそこはぼくには……。

丸谷 だって、女房は御衣を隠し持っているわけだから。

大野 ええっ?そんなに続いているの、ここ。

二人とも好きなんですね。ほんと。

ひとつひとつのディテールを大事にすること、ことばへの感性を養うこと、自らの目をもって読むこと、それらによって「源氏物語」の可能性が大きく広がることを本書は教えてくれた。

秋の夜長は「光る源氏の物語」といった塩梅(あんばい)の本である。
光る源氏の物語〈上〉 / 大野 晋,丸谷 才一
光る源氏の物語〈上〉
  • 著者:大野 晋,丸谷 才一
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(432ページ)
  • 発売日:1994-08-01
  • ISBN:4122021235
内容紹介:
当代きっての国語学者と小説家が、全巻を縦横無尽に読み解いて、それぞれの立場から丁々発止と意見を闘わせた、斬新で画期的な『源氏』論。時に大胆な歯切れのいい現代語訳が、難解な大古典から豊潤な恋愛小説の世界へと読者を誘い込む。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1989年10月13日

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