書評
『打撃の神髄-榎本喜八伝』(講談社)
榎本喜八は36年生まれ。50年代半ばから70年代初頭まで活躍した、元祖「安打製造機」である。24歳9カ月で一○○○本安打という空前絶後の記録を達成、一部には王・長嶋も凌(しの)ぐという評価を得るも、寸暇を惜しんで究極のフォームを求め、三振するとコーラ瓶を叩(たた)きつけるといった行動から、「変人」と囁(ささや)かれた。資格を有しながらも参加していない名球会の公式サイトには「榎本選手は病気療養中です。ご家族の意向により、あまり表に出てきておりません」と記されており、球界との疎遠さがうかがえる。
けれども現在の榎本は、アパート経営などしながら悠々自適の暮らしぶりだという(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2005年)。超絶的な打撃理論に、野球人でも近づく者がいなくなったというのが実情であるらしい。スポーツライターの著者は96年から足繁(しげ)く自宅を訪ね、長時間かけて白熱のインタビューを行い、成果としてこの傑作評伝が生まれた。
荒川博の勧めで入門した合気道の身体技法をバッティングに応用するその極意は、「せい下丹田(せいかたんでん)に呼吸をしずめ、足裏で地面を持ち上げる」といったもの。63年には12打席に限ってピッチャーとの「“間”が消滅する」夢の境地に至った、という。言葉だけ聞けば、多くの人が当惑したのも仕方ないと思う。
ところが近年、トップアスリートたちの身体観も転機を迎えている。古武道や体幹トレーニング、初動負荷理論やスロトレなど、意識を体内に集中させつつ腹圧を高めたり、手足は脱力することで身体の操作性を上げたりする諸理論が、理解可能な言葉で提示され注目を浴びているのだ。著者もまた、榎本の語る神懸かり的な表現に、明晰(めいせき)な言葉で迫ってゆく。時代がようやく榎本に追いついたのだろう。
榎本は終戦直後、屋根に穴の開いた家で傘をさし台風をやり過ごしたことがあるという。打撃不振が榎本をパニックに陥らせた理由も、極貧に舞い戻る恐怖から説き明かされており、納得がいく。だが末尾に紹介される衝撃的な行動までは説明がつかない。それでも、イチローとの達人対談が実現するなら、読みたい!!
けれども現在の榎本は、アパート経営などしながら悠々自適の暮らしぶりだという(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2005年)。超絶的な打撃理論に、野球人でも近づく者がいなくなったというのが実情であるらしい。スポーツライターの著者は96年から足繁(しげ)く自宅を訪ね、長時間かけて白熱のインタビューを行い、成果としてこの傑作評伝が生まれた。
荒川博の勧めで入門した合気道の身体技法をバッティングに応用するその極意は、「せい下丹田(せいかたんでん)に呼吸をしずめ、足裏で地面を持ち上げる」といったもの。63年には12打席に限ってピッチャーとの「“間”が消滅する」夢の境地に至った、という。言葉だけ聞けば、多くの人が当惑したのも仕方ないと思う。
ところが近年、トップアスリートたちの身体観も転機を迎えている。古武道や体幹トレーニング、初動負荷理論やスロトレなど、意識を体内に集中させつつ腹圧を高めたり、手足は脱力することで身体の操作性を上げたりする諸理論が、理解可能な言葉で提示され注目を浴びているのだ。著者もまた、榎本の語る神懸かり的な表現に、明晰(めいせき)な言葉で迫ってゆく。時代がようやく榎本に追いついたのだろう。
榎本は終戦直後、屋根に穴の開いた家で傘をさし台風をやり過ごしたことがあるという。打撃不振が榎本をパニックに陥らせた理由も、極貧に舞い戻る恐怖から説き明かされており、納得がいく。だが末尾に紹介される衝撃的な行動までは説明がつかない。それでも、イチローとの達人対談が実現するなら、読みたい!!
朝日新聞 2005年6月26日
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