書評

『アド・バード』(集英社)

  • 2018/08/29
アド・バード / 椎名 誠
アド・バード
  • 著者:椎名 誠
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(574ページ)
  • 発売日:1997-03-11
  • ISBN:4087485927
内容紹介:
【第11回日本SF大賞受賞作】マサルと菊丸の兄弟は、行方不明の父親を探しに、マザーK市へと冒険の旅に出た――。そこは、異常発達した広告が全てを支配する驚愕の未来都市だった! 赤舌、地ばしり、蚊喰い虫……珍妙不可思議な生物たちの乱舞。どこかなつかしさを誘う歌声。椎名誠独自の世界を打ち立てた記念碑的長編。

情報と輪廻

2人の兄弟が誘拐された父をさがして未来都市に旅立つ。消費が自己目的化して、いわば消費が消費者を消費しつくした世界が行く手にひろがる。遺伝子工学から生まれた細菌や下等動植物が異常肥大して怪物化した驚異空間。そこを、気分的にはいくらかセンチメンタルで、行動的にはいくらかハードボイルドの2人兄弟が突破していくのだから、さしずめ桃太郎説話や「西遊記」のようなイニシエーションの物語と見当がつく。

未来風景のなかの怪物たちはしかし、かならずしも難解な遺伝子工学の数式で合成されるのではなく、だれでも知っていることばのコラージュから生まれてくる。一例が「アド・バード」。アドバータイジング(広告)とバード(鳥)を、それぞれハサミとノリで切りきざみくっつけた、いわゆるカバン語である。手近の流通・販売促進業界雑誌、パソコンのマニュアル、CMコピーをバラバラにばらして勝手につなぎあわせれば、この種の怪物がいくらでもぞろぞろでてくる。情報管理的消費社会に生まれ落ちた若い世代のイニシエーション空間に、そういう怪物の大群が押しひしめいているのは理の当然だろう。

あまいCMコピーが一瞬あらわれて消えると、「心の中がそっくり荒廃しそうなほどすさんで醜怪な」荒野の地が露出する。そんな消費社会の裏の廃棄物だらけの道を、病人の患部をさぐるゾンデみたいに這(は)いまわって、最後にそれらの裏側の総計である光り輝く表側にでると、あらゆる病気の総計は死にほかならないから、そこは死の都市ということになる。いたるところホログラフィーの広告があふれて、人間はとっくにいない。

消費社会がそれ自身の論理の到達した先で出会う、消費社会そのものの死の風景である。ここまではスリルとサスペンスのさじ加減といい、読者をあきさせない緊張がほどよく続く。しかしすでに死に到達したここから先は、作品のなかから作品のスケールを超える大きな意識がでてきて再生に向かうか、それとも死後の世界になるか、である。一口にいえば、キリスト教的終末論でしめるか、仏教的輪廻(りんね)転生にゆきつくか。両者の角逐らしいものが作中にもえんえんと続いてはいるのだが、どうやら作者の好みは動物の身に落ちて転生をくり返す後者にあるらしい。そういえば人間の脳髄を埋めこまれたアド・バードは、美女の顔をして歌う迦陵頻伽(かりょうびんが)という極楽浄土の鳥に似ている。

【この書評が収録されている書籍】
遊読記―書評集 / 種村 季弘
遊読記―書評集
  • 著者:種村 季弘
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(268ページ)
  • ISBN:4309007767

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アド・バード / 椎名 誠
アド・バード
  • 著者:椎名 誠
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(574ページ)
  • 発売日:1997-03-11
  • ISBN:4087485927
内容紹介:
【第11回日本SF大賞受賞作】マサルと菊丸の兄弟は、行方不明の父親を探しに、マザーK市へと冒険の旅に出た――。そこは、異常発達した広告が全てを支配する驚愕の未来都市だった! 赤舌、地ばしり、蚊喰い虫……珍妙不可思議な生物たちの乱舞。どこかなつかしさを誘う歌声。椎名誠独自の世界を打ち立てた記念碑的長編。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞

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