書評

『リヒトホーフェン姉妹』(みすず書房)

  • 2023/10/13
リヒトホーフェン姉妹 / マーティン・グリーン
リヒトホーフェン姉妹
  • 著者:マーティン・グリーン
  • 翻訳:塚本 明子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(572ページ)
  • 発売日:2003-02-21
  • ISBN-10:4622070081
  • ISBN-13:978-4622070085
内容紹介:
オットー・グロス、M・ヴェーバー、D・H・ロレンスはじめ多くの人物と思想を詳細に追う100年の物語。彼らと関係を持ったエルゼとフリーダ、二人の姉妹を主人公に父権制と母権制の変奏を地にまとめる。

男たちの規範にあらがう母性

説明するとややこしい。まずビスマルク治下プロイセンのリヒトホーフェン男爵家に姉妹が生まれた。姉のエルゼはマックス・ウェーバーの弟アルフレートとの仲を噂(うわさ)されながら、ウェーバー門下の経済学者エドガー・ヤッフェと結婚。妹のフリーダはイギリスの文法学者ウィークリーに嫁いだが、精神分析医でエロス運動の指導者オットー・グロスと出会って、彼の子を産む。ほぼ同時にエルゼもオットー・グロスの子を産み、姉妹とも生まれた息子にペーターという名をつけた。

エルゼはやがてマックス・ウェーバーの後半生の愛人となり、フリーダは小説家D・H・ロレンスと駆け落ちして『チャタレイ夫人の恋人』などの作品を成立させ、晩年は新たな若い夫とニューメキシコのタオスの芸術家コロニーに住んだ。

いまでこそ取り立ててめずらしい話ではないが、前世紀の世紀転換期ではまぎれもないスキャンダルである。それも詩人のゲオルゲや宇宙論サークルのクラーゲス、父親のわからない子を産み育てた美しい帝国伯爵夫人ツー・レーヴェントローなどを星座のように周辺に配置して、あたかも黄金の二〇年代をショー化した。つまるところリヒトホーフェン姉妹とは、父権的プロイセン・ドイツに対する失われた古代母権制的対抗文化の化身だったのである。

原著の初版は一九七二年。折からウッドストック・フェスティヴァルが昂揚(こうよう)し、エロス運動の後継者として『エロス的文明』のヘルベルト・マルクーゼがウェーバー批判を通じて学生たちの喝采(かっさい)を浴びた時代だ。著者はここから古代母権制回帰の徴候をヒッピーの元祖たるスイスのアスコーナのコロニー運動に見て、『真理の山——アスコーナ対抗文化年代記』を構想するにいたる。

翻訳紹介の順序が前後したが、二著を通して前世紀以来の対抗文化の動向があらかた概観できる。訳文は平明で読みやすいが、キャバレー芸術関係の訳で「単細胞」はキャバレー「ジンプリチシムス」、「植民地」は本書ではコロニーと訳すのが適切かと思う。
リヒトホーフェン姉妹 / マーティン・グリーン
リヒトホーフェン姉妹
  • 著者:マーティン・グリーン
  • 翻訳:塚本 明子
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(572ページ)
  • 発売日:2003-02-21
  • ISBN-10:4622070081
  • ISBN-13:978-4622070085
内容紹介:
オットー・グロス、M・ヴェーバー、D・H・ロレンスはじめ多くの人物と思想を詳細に追う100年の物語。彼らと関係を持ったエルゼとフリーダ、二人の姉妹を主人公に父権制と母権制の変奏を地にまとめる。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2003年3月23日

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