書評
『空からやってきた魚』(草思社)
アメリカから詩人がひとり降ってきた
三種類くらいの血が混じっている。八分の五がフランス、八分の一がイギリス、のこり八分の二がアイリッシュ。それで国籍はアメリカ。ときどき血統多数派のフランス人にまちがえられる。北海道ではロシア人とまちがえられた。イタリア留学中にはミラノ訛(なま)りとクレモーナ訛りを使い分けて、ミラノっ子にまんまとクレモーナ生まれと思いこませた。化けるのである。げんに本の裏表紙の筆者近影はどうやら『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンのパクリくさい。ひょっとするとドロンのブロマイドをそっくりいただいたのかも。
日本人にもなりすました。十年間東京池袋に住んで、十一年目に第一詩集『釣り上げては』で中原中也賞を受賞した。小熊秀雄や菅原克己の詩を英訳した。六畳一間のおんぼろアパートに住んで方丈記ばりの清貧を地でいった。かつての昆虫少年だけに虫が好き。故郷のミシガン州の川で大魚を釣るのが好き。早朝から自転車で池袋から築地までを走破して、ニューヨークでロブスターをトラック運送していたときそっくりの冷気と臭(にお)いに築地市場でめぐりあう。そう、ミシガン生まれのプルースト。虫のような極微の生命体を観察しながら、大きな自然に包まれていた故郷の少年時代の時間を取り戻しているのだ。
少年のようにイノセントでいてかなりのサムライだ。9・11のアメリカ、日本のメディアの過熱ぶりに嫌気がさして台湾に逃れる。アフガニスタンを舞台にした絵本のテクストを頼まれ、途中でイラストレーターが売り出し中のテレビ・アイドルと分かって、せっかくの金づるだろうに、ぴしゃりと断る。といって悲憤慷慨居士(ひふんこうがいこじ)ではない。
ユーモアたっぷりの文章はときにニンマリとさせ、ときには抱腹絶倒の笑いを堪能させてくれる。日本にまつわる話題が多いので、つい日本通の外タレ本かと錯覚しそうになるが、さにあらず。タミル語修行にインドに行く話もあり、そうか、『無邪気者の外遊記』のマーク・トウェインになりすましているのかと気がついて、またまたびっくり。
朝日新聞 2003年9月21日
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