愚の骨頂でも教えられる優れもの
昭和の初めに羽太鋭治という医学ジャーナリストの『愚談珍談猥談(わいだん)診断』なるエログロ・ナンセンス本が出た。別にどうということはない本だが、それ以来、題名だけにもせよ聞くだにバカげた新刊本というものをあまり見かけない。例外が本書の訳者が紹介してきた『おなら大全』『うんち大全』といった舶来物。で、奇特な訳者がおよそ何の役にも立たない本を翻訳するという愚行を十年間重ねて、ついに行き着いた先が本書『珍説愚説辞典』だ。原著の編者の一人ジャン・クロード・カリエールの名は、ブニュエル映画のシナリオ作家としてどなたもご存じだろう。どうやらシュルレアスムの同伴者といった役どころか。もともと突飛(とっぴ)なものやナンセンスに目がない編者たちが、これまた知の選良であってはとうてい続きっこない十四年の歳月をかけて、愚の骨頂みたいな古今の言説をコレクションした。
そういって一件落着になるかといえば、そうはならない。げんに序文で編者が悪戦苦闘している。そもそも珍説愚説とは何かという定義が一筋縄ではいかない。ガリレオの地動説は発表当時は珍説愚説どころか邪説だったが、いまや天動説のほうが珍説愚説。試験の答案に天動説を支持したら落第は必定だろう。時間の経過につれて、正説は愚説に、珍説は正論にひっくり返る。それでもなかには珍説愚説でありながら正論というのもあって、たとえば「日本人」の項目がそれだ。「カワイイ」と「オイヒイ」で万事用が足りるロンパールーム的お国柄は、百年前にさるフランス人が「歳(とし)を取った小児の国」と定義してから一向に変わっていない。
編者はフランスの小学校に珍説愚説の授業を義務づけよと提案しているが、「歳を取った小児の国」ではまだ時期尚早だろう。それより本書を枕に冗談を楽しめる大人になる夢でも見て、近来とみに小児化してジャポニスム・アニメ大好物と聞くフランス人をターゲットに、珍説愚説的アニメ輸出でがっちり稼がせてもらう大人のリアリズムが身につけばしめたもの。