書評

『きまぐれな読書―現代イギリス文学の魅力』(みすず書房)

  • 2023/12/03
きまぐれな読書―現代イギリス文学の魅力 / 富士川 義之
きまぐれな読書―現代イギリス文学の魅力
  • 著者:富士川 義之
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(319ページ)
  • 発売日:2003-04-24
  • ISBN-10:462204837X
  • ISBN-13:978-4622048374
内容紹介:
イギリス人の動物好きから最後の文人プリチェットの書評芸まで。英文学の横道をゆったりと散歩しながら雑読の愉しみを伝授する、大人のための読書の手引き。

書評の書評の書評をすれば…

「夕イムズ文芸付録」という国際的書評紙がある。たかが書評紙である。だが二〇年代の同紙にT・S・エリオットが匿名で書いた「形而上(けいじじょう)派詩人たち」という書評はその後の英国の詩を決定的に変えた。文芸雑誌が文芸批評の舞台のわが国とちがって、英米では文芸出版物にとって書評が一切であるらしい。

本書も書評集である。漱石のロンドンでの自転車修業、エズラ・パウンドの北園克衛や西脇順三郎との関係、それにビニヨンという聞きなれない東洋美術通の学者詩人が「緩やかさが美である」と語ったというエピソードなど、英文学夜話風の話題を広い読書範囲からひろってまとめたエッセイ集だが、それでいて書評集なのだ。好みの近刊小説、伝記、旅行記の書評的紹介があり、なかには書評集の書評というのも。だからこれを書評すると「書評の書評の書評」になりかねない。芸のない評者には荷が重い。

八〇年代に英国で「ヤング・フォーギー」なる若者たちが現れた。なんでも古くさいものに血道を上げる。これが古い旅行記の復刊ブームと関係があった。今はその気ならどんな外国にもパック・ツアーで行ける。だから行かない。かわりにヴィクトリア朝の家具調度や骨董(こっとう)に凝る。つまり「過去は外国である」という命題が大衆化し、伝記にせよ旅行記にせよ、過去の追体験がピカピカに新しいポスト・モダン商品になった。一方で、十五歳で学校教育を打ち切って大学に行かずに作家になったプリチェットのような古風な文人気質の書評家が、人生経験よりは「理論」で武装した大学出のポスト・モダンの新進に追いつめられ、あまつさえアメリカでは大学研究室の文学理論がビジネス化している現状がある。

ここ二十年間のエッセイをまとめたという本書の初出文の“現在”ではまだ兆候だったものが二十年後の今では現実だ。著者はそれにやんわりといやいやをする。「緩やかさの美」を追って負け組になってしまったアナログ世代には、そこがなんとも心強い。それこそゆったりと美を満喫するのが読書。何も勝たなくてもいいではないか。
きまぐれな読書―現代イギリス文学の魅力 / 富士川 義之
きまぐれな読書―現代イギリス文学の魅力
  • 著者:富士川 義之
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(319ページ)
  • 発売日:2003-04-24
  • ISBN-10:462204837X
  • ISBN-13:978-4622048374
内容紹介:
イギリス人の動物好きから最後の文人プリチェットの書評芸まで。英文学の横道をゆったりと散歩しながら雑読の愉しみを伝授する、大人のための読書の手引き。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2003年5月25日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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