書評
『弁護側の証人』(集英社)
見事復活、直球ミステリー
大富豪の御曹司に見初められて結婚した元ヌードダンサーの漣子(なみこ)。やっと幸福を手に入れたと思いきや、ある夜、夫と不仲だった義父が何者かに殺害される。昭和30年代の当時、尊属殺は死刑か無期刑の重罪。真相を追究する新妻がひらめいたある証人の存在とは?ミステリー通の間では「幻の傑作」と噂(うわさ)されていた1963年発表作品。78年に文庫化されたが最後の重版は87年、累計部数は9万部どまり。昨今の評判を受け昨春に復刻したところ、1年足らずで7万部を突破。口コミで評判が広まり、重版スピードは加速中だ。
著者の故・小泉喜美子氏といえば、P・D・ジェイムズやジョセフィン・テイなどの海外推理小説の名翻訳者でもある。そのためか、「登場人物たちをそのまま外国人に変えても通用する内容。郊外の大邸宅で大金持ちが殺されるという常套(じょうとう)的な舞台設定からして、海外の古典ミステリーの味わいも」と編集者の瀧川修さん。確かに刑法の違いをのぞけば、本書には時代も場所も選ばない普遍性がある。余分な心理描写や複雑な背景を排除した直球ミステリーであることが、名作として復活を遂げた一因といえる。
ただ、シンプルな展開だからこそ、終盤で起きる逆転劇には思わず「ああっ!」と声をもらしてしまう。そして、特別な意味などないように思えた記述にも、時に読者を真犯人に引き寄せようとし、時に真実から遠ざけようとする著者の細心の注意が払われていたことに気づき、唸(うな)ってしまうのだ。
おそらく執筆の出発点は、たったひとつのアイデアだったのではないだろうか。そこに的を絞って書き上げた印象だ。しかし、そのトリックを成立させるために潜ませた人間ドラマには奥深いものがある。漣子の葛藤(かっとう)と芯の強さ、そして証人となった人物の心情を思うと、謎解きの爽快(そうかい)さとはまた違った味わいが生まれてくる。
朝日新聞 2010年1月10日
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