解説

『予測マシンの世紀―AIが駆動する新たな経済』(早川書房)

  • 2019/03/04
予測マシンの世紀――AIが駆動する新たな経済 / アジェイ・アグラワル,ジョシュア・ガンズ,アヴィ・ゴールドファーブ
予測マシンの世紀――AIが駆動する新たな経済
  • 著者:アジェイ・アグラワル,ジョシュア・ガンズ,アヴィ・ゴールドファーブ
  • 翻訳:小坂 恵理
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(320ページ)
  • 発売日:2019-02-06
  • ISBN:4152098376
内容紹介:
AIが予測のコストを下げ、経済のルールが根本から書き換わりつつある。この激変期を勝ち抜くための競争戦略は? 孫泰蔵氏推薦
この数年、人工知能(AI)は大きな注目を集めるトピックとなり、シンギュラリティ(技術的特異点)やディープラーニング(深層学習)といった言葉に触れる機会もめずらしくなくなりました。少子高齢化が進む日本では、人間に代わる戦力としての期待も寄せられています。

では、皆さんが会社経営者で、人手不足に悩んでいるとしたら、AIをどのような形で導入すると成果が上がるのでしょうか。「AIはスグレモノらしい。何だか難しそうでよくわからないが、ウチでもとりあえず試してみるか」というわけにはいきません。会社の業務内容を細かく分類したうえで、AIが役に立つ場所はどこかを見つけ出し、そこに思い切ってAIを導入するのが成功の秘訣。この場合、AIに出来ること、出来ないことを正確に理解しておくことが肝心です。


そのための見取り図を提供するのが、トロント大学の経済学者による話題作『予測マシンの世紀』。本書を訳した小坂恵理さんによる寄稿です。


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現段階でのAIは、膨大なデータに基づいた「予測」が専門です。数年前、アルファ碁が人間のプロ棋士を破って大きな話題となり、近い将来、AIの思考力は人間を上回るのではないかという声も聞かれましたが、当面はそのような可能性はありません。アルファ碁は大量のデータを分析して最善の一手を予測しているだけで、人間のように想像力を働かせてあの手この手を考えているわけではないのです。その証拠に、碁盤のマス目の数を変えてみると、AIは混乱状態に陥るといいます。人工知能が人間の脳を超える時点、すなわちシンギュラリティに到達し、特化型ではなく、人間に匹敵する汎用人工知能が登場するまでには、まだまだ時間がかかります。

現段階では、予測が役に立つ業務は何かを見つけ出し、そこにAIを導入すれば、正確な予測が短時間で行なわれ、業務全体がスムーズに進行することが期待できます。いまのAIは「予測マシン」なのです。予測を手がかりにして何を実行するか決断を下したり、想定外の出来事への対応策について判断したりすることが、人間の役割として残されます。アルファ碁の事例からもわかるように、データがなければAIは予測できません。

「予測マシン」ができること、できないこと

本書には予測マシンの具体例がたくさん登場します。たとえば画像診断。人間が見落とすわずかな病変をAIは目ざとく発見できるので、画像診断の仕事はAIに任せ、それを頼りに人間の医師が治療方針を決定する形が増えてくる可能性が考えられます。あるいは、自動運転。危険を回避するためにはいつブレーキを踏むべきか予測します。ただし、自動運転になれば人間のドライバーは不要というわけにはいきません。無人トラックの車列が強盗に襲われたとき、人間が同乗していなかったら突発事態に対応できません。人間には、監督者としての役割が求められます。そもそも運転をすべて機械に任せていたら、人間のドライバーとしての能力は衰え、予想外の展開に対して咄嗟の判断が不可能になります。これが飛行機の操縦だったら、多くの人命が関わってきます。映画化もされた有名なハドソン川の奇跡(機長がトラブルに陥った飛行機を無事に不時着水させた)は、機長が経験豊富だったからこそ実現したものです。これからAIが職場に導入されても、決して人間が追い出されるわけではありません。

ただし、仕事の内容は変わります。優れたカーナビが車に搭載されれば、タクシー業界ではロンドンのブラックキャブの運転手のように道路に精通している人材は不要になり、ウーバーなどの素人運転手が代役を務められます。従来の職がなくなっても、代わりにどんな仕事が登場するのか見定め、自分はそれをできるか、するつもりがあるか、よく考えてみることが大切です。

翻訳の未来

本書では、AIによる自動翻訳の技術が大きく向上したことについても取り上げています。少し前まで、自動翻訳された文章はほとんど理解不能でしたが、いまではだいぶ読みやすくなりました。では、技術がさらに進歩したら、たとえばAIが『予測マシンの世紀』をあっという間にまるごと翻訳するようになり、翻訳家はお払い箱になるのでしょうか。翻訳家としては非常に気がかりですが、当面はその心配はなさそうです。

というのも、人間とAIでは、翻訳の仕方が異なるからです。人間の翻訳家が英語の文章を日本語に訳すときには、辞書を引き、文法の知識を頼りに英文を解釈したうえで、どのような日本語を使えば意味を正確に伝えられるか頭をひねり、前後関係も考えながら、こなれた訳文を完成させるように心がけます。つまり、適切な範囲内で意訳するわけです。これに対してAIの翻訳は、大量のデータを集め、それに基づいて適訳を予想するので、これまで登場する頻度の高かった訳語が選ばれることになります。文章に込められたニュアンスをくみ取るわけではないので、どうしても直訳調でわかりづらくなってしまいます。したがって、データを集めて訳語を予測する段階まではAIに任せ、人間の翻訳家はそれを頼りにして判断を下し、訳文を完成させるという具合に、しばらくはAIと人間が仲良く共存できるのではないでしょうか。

実際、翻訳家の仕事は技術の進歩の恩恵を受けています。昔は翻訳と言えば、原稿用紙に手書きしたものです。分厚い辞書を何冊もそろえ(百科事典全集もありました)、わからないことがあれば図書館に出かけ、関連企業に電話で問い合わせるときもありました。完成した原稿は郵便で送るか、納期が迫っていれば直接手渡ししました。やがてワープロが登場すると手書きの作業から解放され、ファックスが登場すると、完成した原稿を自宅にいながら納品できるようになりました。「なんて便利な時代になったのか」と感激しているうちに、まもなくパソコンが普及して、メールでの納品が主流になりました。インターネットで様々な情報を検索できれば、図書館に通う必要はなくなります。電子辞書を使えば、紙の辞書をめくっていたときに比べて時間が大幅に短縮されます。技術の進歩がなければ、この本の翻訳には少なくとも二倍の時間がかかっているはずです。

皆さんもぜひ、本書を参考にして職場での作業効率を高め、AIに任せられるものは任せ、人間にしかできない仕事に専念できる環境を積極的に取り入れてください。シンギュラリティに達して汎用人工知能が実現するのは遠い先の話だとしても、技術は確実に進歩しています。
予測マシンの世紀――AIが駆動する新たな経済 / アジェイ・アグラワル,ジョシュア・ガンズ,アヴィ・ゴールドファーブ
予測マシンの世紀――AIが駆動する新たな経済
  • 著者:アジェイ・アグラワル,ジョシュア・ガンズ,アヴィ・ゴールドファーブ
  • 翻訳:小坂 恵理
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(320ページ)
  • 発売日:2019-02-06
  • ISBN:4152098376
内容紹介:
AIが予測のコストを下げ、経済のルールが根本から書き換わりつつある。この激変期を勝ち抜くための競争戦略は? 孫泰蔵氏推薦

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