安定こそが不安定を誘発する
報道はコロナ禍にかかわる話題で占められてきたが、それ以前は経済関連でMMT(現代貨幣理論)が注目を集めた。「財政は赤字が常態であり均衡を目標にする必要はない」と財政出動を唱え、財務省や日銀のリーダーたちが「高インフレになる」と警戒心を露わにした。だがコロナ対策に巨額を充ててもインフレの気配はなく、MMTの言い分が勝ったと感じる。本書ではその中心人物であり『MMT現代貨幣理論入門』の著者L・ランダル・レイが、米ワシントン大学で授業助手を務めた際に謦咳に接したハイマン・P・ミンスキーの難解な経済思想をコンパクトに紹介している。
2007年の世界金融危機に際し、金融市場の崩壊が「ミンスキー・モーメント」と形容され、1986年の『金融不安定性の経済学』が盛んに引用された。けれどもMMTの源流にミンスキーがあると言われると、財政出動に力点を置く前者と崩壊の「瞬間」を分析する後者がどんな関係にあるのか、直観的には連想できなかった。本書でMMTに触れる記述はないが、一読して納得した。
MMTの「租税が貨幣を動かす」をミンスキーは「誰でも貨幣を創造できる。問題はそれを受け入れさせることだ」と言い、「就業保証プログラム」は「最後の雇い手」と構想した。ラーナーの機能的財政アプローチに依拠してインフレを招かない上限まで政府支出を増やせるとするのはまるで同じだ。
これまでミンスキーはケンブリッジのケインズ左派との絡みで語られることが少なくなかったが、ケインズに学んだのは企業による投資支出の変動を景気循環の駆動力とみなす「景気循環の投資理論」まで。ミンスキーはそこに「投資の金融理論」を加え、ブームにおける楽観が負債を増加させ金融の脆弱性を生み出すと唱えた点をレイは重視する。金融形態には安全な「ヘッジ金融」、期待所得で利子は支払えるが元本までは賄えない「投機的金融」、利子すら支払えない「ポンツィ金融」があり、金融危機はポンツィ金融が支配的な状況で暴発するとしている。
ただしミンスキーの金融不安定性を短期的な景気循環論としてのみ理解してはいけないとレイは付け加える。この指摘が本書の目玉だろう。資本主義は金融構造の異なる段階をたどり、投資を内部留保で賄う「商業資本主義」、投資資金を銀行が担う「金融資本主義」、それが1929年の大恐慌で崩壊した反省から規制により管理する「経営者・福祉国家資本主義」、年金基金やヘッジファンド等のシャドーバンキングが規制緩和とともに生み出した「マネー・マネージャー資本主義」の段階で今次の危機に立ち至ったとする。制度が歴史を動かし「金融」が「産業」を支配するという解釈だから、T・ヴェブレンの制度学派の末裔という評価こそがふさわしい。
P・クルーグマンは世界金融危機に際しシャドーバンキングの台頭に気づかなかった戒めとしてミンスキーを読んでいるという。レイはさらに踏み込んで、安定こそが不安定を誘発するという歴史原則を直視するよう求め、2012年頃からは早くも金融が脆弱化の徴候を見せていると指摘する。楽観的な経済学に刃をつきつけるような挑発の書である。