書評
『楽しい昆虫採集』(草思社)
虫捕り指南
頭でっかちでなく、あたらしい生活の思想と技術を紹介する実用書が必要とされる時代なのに、なかなか書評欄に載りにくい。虫好きの仏文学者と独文学者が力を合わせた奥本大三郎・岡田朝雄『楽しい昆虫採集』(草思社)は、そういう意味で実用書の鑑(かがみ)である。チョウやガ、トンボ、セミの捕まえ方、飼育法、殺し方、採集禁止の昆虫、標本作りのちょっとしたコツなどを親切に教えてくれる。
たとえば甲虫類にどうやって針を刺すか、曲がってしまった蝶の翅(はね)を直すには、腹部をみっともなく垂らさないためには、など、コロンブスの卵みたいなもので、いわれないと気づかない。
採集用具にしても「三角紙・大百枚・六五〇円」とか「平型展翅板・〇号・溝幅三ミリ・七〇〇円」など、値段まで入っている。思い出すなあ、高尾山や筑波山で捕虫網をふりあげた日々を。子供時代どっさり標本を作り「モンシロチョウの一生」の八ミリも撮った私は、これを読んでただちに道具を買いに走りたくなった。
よい実用書はまっとうな思想に裏付けられていなければならない。この本は、夏休みに標本を作って登校したところ「殺虫鬼死ね」「自然を愛さない奴は地獄に落ちろ」などと友だちにいわれた中学生のSOSに応えて書かれたという。
奥本さんは「蝶もゴキブリも網で採ったくらいでは絶滅しない」「環境保護といいながら、農薬を撒き、下草を刈り、開発してるのはだれだ」と怒る。一方岡田さんは「昆虫採集は山野を駆けめぐる健康的なスポーツであり、狩猟本能を満足させ、分類し系統的に考える習慣を養い、手先を器用にし、自然や命あるものに対するほんとうの愛や畏敬が育つ」とさとす。まことにいいコンビである。
そしてこの本はワクワクする。虫捕御用の田中芳男や虫好きの殿様、増山雪斎など江戸の話もある。奥本さんが婦人用ストッキングを捕虫用に百足も買い込んでルンルンとマダガスカルへ向かったものの、獲物がなくて空しくひき返すくだりも楽しめる。
巻末には道具商、標本商、専門書店、参考文献、昆虫関係の学会、研究会、同好会、本書への協力者一覧までついて、実用書としては、万全の構え。
【この書評が収録されている書籍】
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