書評

『二十世紀のパリ』(集英社)

  • 2022/02/08
二十世紀のパリ / ジュール・ヴェルヌ
二十世紀のパリ
  • 著者:ジュール・ヴェルヌ
  • 翻訳:榊原晃三
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(246ページ)
  • 発売日:1995-03-00
  • ISBN-10:4087732177
  • ISBN-13:978-4087732177
内容紹介:
時は1963年。ヴェルヌが執筆した時から、ちょうど100年後を想定した時代。パリは文明の発展を謳歌していた…。執筆時「荒唐無稽」と評された本書は、130年の時を越え、現代文明に新たな意味を問いかけている。
ヴェルヌの幻の作品が発見され、百三十年ぶりに日の目を見た。しかもそれは一世紀後のパリを描いた未来小説だったとくれば、ヴェルヌ・ファンでなくとも耳を攲(そばだ)てずにいられない(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1995年)。

一九六〇年のパリ。圧搾空気の鉄道がパリを走り、道路にはガス自動車が溢(あふ)れ、夜の街は電灯で照らされ、証券取引所には、世界の株価が電光掲示板で示されている。百年後のテクノロジーの予測はかなり正確である。

しかしヴェルヌの執筆意図は、こうしたテクノロジー予想にあるのではなく、効率と利潤を重んじる資本主義が芸術や文学などを無用の長物として駆逐した世界を描くことにある。当たっているのはむしろこちらの予測である。なかでも、ユゴーもバルザックもとうの昔に絶版となり、文学者や芸術家という職業自体がなくなっているという予言は、とりわけ日本では大当たりといっていい。

そんな世界に、さながら十九世紀からタイム・スリップしたかの如き詩人肌の青年ミッシェルが現れるが、結局社会に容(い)れられず、最後は、墓地から文明のパリを呪うところで終わる。

ヴェルヌは、第二帝政下で始められた高度資本主義が伝統社会をラディカルに破壊することを感じ取っていたのだろう。

ヴェルヌは晩年になってから悲観的な未来予測に傾いたとする従来の定説は、この初期作品の発見で完全に覆ったことになる。

翻訳には、訳注を含めて、疑問に思われる箇所がすくなからず目についた。

【この書評が収録されている書籍】
歴史の風 書物の帆  / 鹿島 茂
歴史の風 書物の帆
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2009-06-05
  • ISBN-10:4094084010
  • ISBN-13:978-4094084016
内容紹介:
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・… もっと読む
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・自伝・旅行記」「パリのアウラ」他、各ジャンルごとに構成され、専門分野であるフランス関連書籍はもとより、歴史、哲学、文化など、多岐にわたる分野を自在に横断、読書の美味を味わい尽くす。圧倒的な知の埋蔵量を感じさせながらも、ユーモアあふれる達意の文章で綴られた読書人待望の一冊。文庫版特別企画として巻末にインタビュー「おたくの穴」を収録した。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

二十世紀のパリ / ジュール・ヴェルヌ
二十世紀のパリ
  • 著者:ジュール・ヴェルヌ
  • 翻訳:榊原晃三
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(246ページ)
  • 発売日:1995-03-00
  • ISBN-10:4087732177
  • ISBN-13:978-4087732177
内容紹介:
時は1963年。ヴェルヌが執筆した時から、ちょうど100年後を想定した時代。パリは文明の発展を謳歌していた…。執筆時「荒唐無稽」と評された本書は、130年の時を越え、現代文明に新たな意味を問いかけている。

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初出メディア

すばる

すばる 1995年6月

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