後書き

『ショーペンハウアーとともに』(国書刊行会)

  • 2019/06/14
ショーペンハウアーとともに / ミシェル・ウエルベック
ショーペンハウアーとともに
  • 著者:ミシェル・ウエルベック
  • 翻訳:澤田 直
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(152ページ)
  • 発売日:2019-06-07
  • ISBN-10:4336063559
  • ISBN-13:978-4336063557
内容紹介:
ウエルベックが19世紀ドイツを代表する哲学者ショーペンハウアーの「元気が出る悲観主義」の精髄を詳解。その思想の最奥に迫る!
ボルヘスやニーチェ、アインシュタインなど世界中の哲学者・芸術家に影響を与えた偉大な哲学者ショーペンハウアー。かたや、シャルリ・エブド事件を予見した問題作『服従』で《世界一センセーショナルな作家》と呼ばれるミシェル・ウェルベック。200年前の大哲学者の思想の精髄を、現代フランスのベストセラー作家が熱く語る『ショーペンハウアーとともに』の魅力を、本書の翻訳者澤田直氏によるあとがきから抜粋してご紹介します。

結婚は男の権利を半分にし、義務を倍にする……「元気が出る悲観主義」のススメ!

21世紀フランスを代表する作家と、19世紀ドイツの哲学者。この組み合わせは意外に思われるかもしれないが、ディープなウエルベック読者であれば、作家のショーペンハウアーへの共感は驚きでないばかりか、「なるほどこんな思いが彼の小説の背景にはあったのか」と膝を叩く人もいるのではなかろうか。じっさい、これまでも小説のなかにパスカルやプルーストと並んで『意志と表象としての世界』の哲学者はときどき顔を出していたからだ。
 
この大著は四巻からなっており、最初の二巻が理論編(一が表象、二が意志)、第三が芸術論、第四が実践哲学あるいは道徳論という構成になっている。本書でウエルベックが翻訳引用したのは第三巻までであり、ショーペンハウアーが最も重要だと考えた道徳を扱う第四巻からの引用はない。ただし、それは、途中放棄したためにそこまでたどり着けなかったからというよりは、その重要な部分が『幸福について』で余すところなく扱われているためだ。ウエルベックも言うように、人生の根本問題が、これほど自由闊達に論じられる哲学書もまれである。

ところで、哲学者でもないウエルベックがなぜそんな面倒な哲学の翻訳に取り組み、またそれを成し遂げることができたのだろうか、という疑問を持つ読者もいるかもしれない。だが、ウエルベックにとってだけでなく、一般のフランスの読者にとっても本書はそれほどハードルが高くないと思われる。その理由のひとつは、フランスの高校では、最終学年が「哲学学級」と呼ばれることに端的に示されているように、哲学が伝統的に必修科目であり、この手の文章には免疫があること。もうひとつは、フランス語の場合、日常の言葉がそのまま哲学用語となっていることもあり、「表象」「意志」「観照」という言葉は日常会話でも出てくる言葉であることによる。

ウエルベックはその一見ノンシャランな語り口とは裏腹にきわめて緻密な構成をする作家で、その特徴は本書の端々にも見て取れる。たとえば、ショーペンハウアーと比較して、トーマス・マン、フロイト、ヴィトゲンシュタインにも言及しているが、これはけっして偶然ではない。彼らもまたショーペンハウアーの熱烈なファンであり、多大な影響を受けた人たちだった。ニーチェ、ワーグナーもそうである。ここからもわかることは、ウエルベックがショーペンハウアーに心底入れ込んでおり、この哲学者を熟知しているということだ。小説の中でも何度もその名前が引かれる。2004年に、スペインのムルシアで、ウエルベックが「ショーペンハウアー賞」!(寡聞にしてそのような賞の存在を知らなかった)を受賞しているのも、これらの功績によるのだろう。

ところで、ウエルベックがほかにどんな引用をしたかを想像するのも楽しい。ショーペンハウアーにはまだまだ人口に膾炙した多くの名言が存在するからだ。

 「学者とは書物を読破した人、思想家とは世界という書物を直接読破した人のことである」
「読書は思索の代用品だ。読書は自らの思想の湧出が途絶えたときにのみ試みられるべきも のである」
「だから学者には往々にして無学の人でも持っている常識が欠けている」(耳が痛い)
「男の性欲がなくなればすべての女から美は消え去るであろう」

などなど。ここでは引用するのを躊躇われる、ほとんど女性蔑視とも言えるショーペンハウアーの数々の名言(迷言)にミソジニストと見なされることも多いウエルベックがコメントをつけたとしたら、それはどのようなものになったろうか。

[書き手]澤田 直(立教大学文学部教授、哲学博士)
ショーペンハウアーとともに / ミシェル・ウエルベック
ショーペンハウアーとともに
  • 著者:ミシェル・ウエルベック
  • 翻訳:澤田 直
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(152ページ)
  • 発売日:2019-06-07
  • ISBN-10:4336063559
  • ISBN-13:978-4336063557
内容紹介:
ウエルベックが19世紀ドイツを代表する哲学者ショーペンハウアーの「元気が出る悲観主義」の精髄を詳解。その思想の最奥に迫る!

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