書評
『庭の楽しみ―西洋の庭園二千年』(鹿島出版会)
休日にはハーブを植えてみようか
今、イギリスでは日本庭園が流行っていて、広い庭の一画に白砂を敷き、池を掘ってタイコ橋を架けたりしている、と向こうの知人が言っていた。滝の光景が一番のあこがれだが、高低差に乏しいイギリスでは滝が作れなくて困っているそうだ。その一方、わが日本では御存知のようにイギリスのガーデニングが大ブームで、ユーラシア大陸の両側では、奇妙な交差が起こっているのである(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は1998年)。この交差は喜ばしいことだが、一つ問題もある。イギリスへの日本庭園の紹介は御雇外国人などによる明治以降の厚い歴史があるのに、イギリス庭園についてはあまり日本に紹介されていない。このところのガーデニングブームの中でもハウツーばかり語られ、イギリス庭園の歴史や意味についての基本的な押さえが欠けている。ハーブを植えりゃいいってもんじゃないのである。とはいっても、読書をするヒマがあったら庭仕事をしたいという人もいるわけで、そういう人に、雨の日の休日にぜひ手にとってほしい本がこのたび出た。厚くないし、絵も充実してるし、内容も分かりやすい。それも当然で、著者のランカスター夫妻は、漫画家、園芸家、文筆家として知られ、専門的なことを分かりやすく嚙みくだいて文にする達人なのである。もちろん横山正の訳も、原著者に負けない。
たとえば、第11章では田舎牧師がテーマに取り上げられる。名前からしてなかなか味わい深いのだが、ガーデニング史上においてもたいへんな貢献をしているらしい。
園芸家としての田舎牧師は大変古い起源をもっています。村の教区牧師は土地によって生計をたて、収穫の少ない時代にはしばしば一農民として野に在って働いたからです。その教区をあるいは馬で、足で、さらには車で巡回する教区牧師は、自然を観察する機会に恵まれていました。庭は豊かで良く手入れされ、成熟した木にはたえず果実がなり、美しい芝生がありました。多くの教区牧師が快適な生活を楽しみ、生涯、同じ村で幸福に暮らしたゆえに、その庭には落ち着いた趣がありました。この庭はまたしばしば新奇で珍しい植物の憩いどころとなりましたが、これは教区牧師が村の名士の誰やかやよりはるかに植物通であることが多いからでした。
なるほど、イギリス流ガーデニングのルーツの一つはこんなところにあったのか。日本でいえば田舎のお寺の庭好きの住職といったところか。
イギリス庭園にもいろいろな流れがあるが、現在の日本のガーデニング・ブームの元になっているのは何なんだろうと思っていたところ、第12章を読んで田舎家がネタと分かった。ハーブを植え、各種の野の花っぽいのを混植し、自然にまかせるのは田舎家の伝統なのだ。しかし、その起源が黒死病とは思いもよらなんだ。
たくさんの農夫が疫病で死んだので余分の土地が出来ました。そこには野菜がびっしり植え込まれたほか、山野から採って来たハーブのたぐいも植えられました。ハーブは料理や薬に用いられるほか、撒いたり束ねたりして、匂い消しや蚤のたぐいの退治(黒死病対策ならん、藤森注)にも用いられたのです。ハーブはみな耐寒性で、こうした耐寒性の植物は、中世以来今日に至るまで、あらゆる時代を通して田舎家の花の庭の中核となって来たのです。
というわけで、この本を読んでから、ハーブを植えよう。
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