書評
『ないた あかおに』(偕成社)
とうめいにんげんを待ちながら
生きるとは手をのばすこと幼子(おさなご)の指がプーさんの鼻をつかめり歌集『プーさんの鼻』が若山牧水賞をいただいたので、授賞式のため宮崎に出かけてきた。こういうときは、両親に子どもを預けていく。帰ってきて、ピンポンと実家のドアチャイムを鳴らそうとすると、玄関先に何やら立て札が立っていた。
「とうめいにんげんさま どうぞおはいりください」
よく見ると、お祝いにいただいた盛り花に付いていた札を裏返して、その文字が書かれているのだった。
チャイムを鳴らすと「おかえりなさ~い」と走ってくる元気な命のかたまり。
「すごいものがたってるね!」と言うと、鼻の穴(あな)をふくらませて、得意そうにしている。
「びっくりした?」
「うん、びっくりした」
「あのね、とうめいにんげんとね、おともだちになりたいからね、たてふだをたてたの」
聞けば、文字はおじいちゃんが書いてくれたものだが、「文面はこの子の言うとおりに書いた」とのこと。いったいどうやって、こんなアイデアが出てきたのだろうか。そもそも立て札なんて言葉、どこで覚えたのだろう。
「ないたあかおにに、でてきたでしょ」と言われて、ようやく気がついた。
そうそう、『ないたあかおに』だ。
人間たちと仲良くしたいと考えた赤鬼が、家の前に立て札を出す。
こころのやさしいおにのうちです。どなたでもおいでください。おいしいおかしもございます。おちゃも、わかしてございます。あかおに
ところが、人間に信じてもらえず、やけをおこす赤鬼。そんな赤鬼を見て、友人の青鬼は、村人の前でわざと悪役を演じて、赤鬼と人間の仲を取り持つ。そして……。
ラストの青鬼の言葉には、赤鬼でなくとも泣いてしまう。私は子どもの時からこの話が大好きで、何度となく母に読んでもらった。
だから息子にも、はりきって読んでやったのだが、反応はいまひとつだった。こちらが気合を入れすぎたせいかなと思って、しばらく遠ざかっていた絵本である。
それが、突然になぜ? 理由は、前回紹介した『ゆうれいホテル』のようだ。この本に登場する透明人間が好きでたまらなくて、どうしても友達になりたい! そういう気持ちを抱いたとき、あの人間と友達になりたかった赤鬼を思い出し、初めて共感したらしい。
興味なさそうにみえた本でも、意外なところを覚えているものだ。盛り花の札を見て、赤鬼の立て札を連想するとは。
「とうめいにんげん、きてくれるかなあ」
「うん、でもとうめいだからね、きてくれてもみえないんじゃない」
そんな私のあいづちなど、耳に入らないらしく、「エレベーターの乗りかた、わかるかな」「ピンポンって、おせるかな」と、どきどきしている息子である。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2007年2月21日
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