書評

『戦争とラジオ―BBC時代』(晶文社)

  • 2021/11/20
戦争とラジオ―BBC時代 / ジョージ・オーウェル
戦争とラジオ―BBC時代
  • 著者:ジョージ・オーウェル
  • 翻訳:三沢 佳子,奥山 康治, 甲斐 弦
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(671ページ)
  • 発売日:1994-06-01
  • ISBN-10:4794961693
  • ISBN-13:978-4794961693
内容紹介:
『動物農場』『1984年』の作家のもう一つの貌。ナチス空襲下のロンドンから植民地インドへ。第二次世界大戦における情報戦を果敢にたたかった、BBC時代のオーウェルの仕事を解明する、第一級の資料集。

情報ファシズムへの暗い予感

オーウェルの未来小説『一九八四年』は、第二次世界大戦が終結し、冷戦時代に突入した一九四九年に発表された。ヒトラーやスターリンの恐怖政治の実相を未来に転位させて描いたと理解されている。だがオーウェルの真の標的はメディアの自己増殖とその一元的管理による情報ファシズムにあったと思う。実際、ヒトラーやスターリンのようなあからさまな独裁者は(北朝鮮を除けば)もう現れないのだ。では民主主義と呼ばれる社会にあって、『一九八四年』は過去のものだろうか。決してそうではない。ただ情報操作の主体が複雑に入り組んで視えにくくなったにすぎない。

『一九八四年』にたどり着くにあたってのミッシングリンク(失われた環)を発掘し明示したものが本書である。オーウェルは一九四一年八月から四三年十一月まで二年三カ月にわたって英国国営放送BBCに勤務していた。その期間はこれまで「空費された歳月」と呼ばれた。ところが新資料を発掘した編者W・J・ウェストは、逆にBBC時代こそ、オーウェルの新たな飛躍のための雌伏期間であったと論じている。

BBCのインド向け放送に関わったオーウェルは、情報管理の現場に身を晒(さら)すことになった。インドでは独立運動が英国統治を脅かしている。戦時下においては、さらにドイツや日本が反英闘争に加担するわけで、そういうなかBBCインド向け放送は反ファシズムのプロパガンダの使命を帯びる。オーウェルは微妙な立場で仕事を余儀なくされる。反ファシズムという正義の旗を掲げる英国が、徹底的にオーウェルの原稿を検閲する。生放送の体裁で行われる座談会すら、台本を検閲したもので一種のヤラセだった。オーウェルは情報統制の奥の院を覗(のぞ)いてしまった。国家の剥(む)き出しの本質に肌で接したのである。近い将来、ナチスドイツは滅びるだろうが、情報化社会は新しい恐怖を胚胎(はいたい)するにちがいない、そう予感したのではないだろうか。
戦争とラジオ―BBC時代 / ジョージ・オーウェル
戦争とラジオ―BBC時代
  • 著者:ジョージ・オーウェル
  • 翻訳:三沢 佳子,奥山 康治, 甲斐 弦
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(671ページ)
  • 発売日:1994-06-01
  • ISBN-10:4794961693
  • ISBN-13:978-4794961693
内容紹介:
『動物農場』『1984年』の作家のもう一つの貌。ナチス空襲下のロンドンから植民地インドへ。第二次世界大戦における情報戦を果敢にたたかった、BBC時代のオーウェルの仕事を解明する、第一級の資料集。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1994年8月22日

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