書評

『かんばん娘 居酒屋ともえ繁盛記』(KADOKAWA)

  • 2020/04/12
かんばん娘 居酒屋ともえ繁盛記 / 志川 節子
かんばん娘 居酒屋ともえ繁盛記
  • 著者:志川 節子
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2020-01-31
  • ISBN-10:4041089107
  • ISBN-13:978-4041089101
内容紹介:
うまい肴にうまい酒。居酒屋ともえ開店! 心の芯まで温まる、絶品時代小説

悲喜こもごもを酒で流し肩を寄せ合って生きる

田沼意次(おきつぐ)が政治の実権を握っていた頃、神田花房町(はなぶさちょう)(東京・秋葉原のあたり)に居酒屋「ともえ」という繁盛店があった。女将のお蔦(つた)は30代半ばのいい女。客の喧嘩を一喝して収め、こりゃ源平合戦の女武者・巴(ともえ)御前のようだ、店の名も弱々しい「白菊」じゃなく「ともえ」に変えようや、と客に言わしめた。

包丁を握るアラフォー男・寛助(かんすけ)の腕は確かで、旨い肴をこしらえる。あんこう鍋に鯔(ぼら)のへそ焼き、浅蜊(あさり)の佃煮(つくだに)入りの卵焼き。それから14歳の「かんばん娘」のなずな。慣れない客商売にドジを踏みながら、酒の燗の仕方を一生懸命覚えているところ。お燗の番をしている、これがホントの「かんばん娘」。

なずなの父・左馬次は菱垣廻船(ひがきかいせん)の船乗りだったが、海難事故で行方知れずになった。母は心労で寝込んでしまった。それでなずなが「ともえ」に奉公に出た。お蔦の夫は左馬次の兄。左馬次と同じ船に乗っていて、これまた行方不明に。それでもお蔦は心配や苦悩を内に秘め、元気に店を切り盛りする。そこに常連客がやってくる。「ともえ」のお酒は3種類。安いにごり酒と中汲(なかぐみ)と極上の諸白(もろはく)。にごり酒を放置しておくと上澄みと澱(おり)に分かれるが、その中ほどを汲(く)みとったのが中汲。諸白は伊丹の剣菱を仕入れている。江戸で人気だったのは剣菱など上方(かみがた)の酒で、年間一人平均4斗、一升瓶40本を消費したという。「伊丹の酒、今朝飲みたい」という回文も作られた。

上方から下ってこない酒はまずい、それが「下らない」の語源といわれるが、まだまだ後進地域だった江戸にはたくさんの人が肩を寄せ合って生きていた。そうした人々の悲喜こもごもを、本書は温かくも的確な筆致で描く。読むうちに、無性に一杯やりたくなる本である。
かんばん娘 居酒屋ともえ繁盛記 / 志川 節子
かんばん娘 居酒屋ともえ繁盛記
  • 著者:志川 節子
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2020-01-31
  • ISBN-10:4041089107
  • ISBN-13:978-4041089101
内容紹介:
うまい肴にうまい酒。居酒屋ともえ開店! 心の芯まで温まる、絶品時代小説

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2020年3月1日増大号

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