書評

『ラストラン』(徳間書店)

  • 2022/11/29
ラストラン / 志水 辰夫
ラストラン
  • 著者:志水 辰夫
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:文庫(365ページ)
  • 発売日:2012-06-01
  • ISBN-10:4198935602
  • ISBN-13:978-4198935603
内容紹介:
幻の初期作品集!ミステリ、恋愛ホラーなど多彩な物語!容疑者を追い続ける老刑事、胸を打つ10の物語。

どの一編にも微妙な韜晦、多彩な趣向の短編集 

短編小説集には独特な味わいがある。つれづれの読書にふさわしい。一つを読み終え、次は

――どんな趣向かな――

多彩であることが望ましい。 『ラストラン』には10の作品が収められているが、どの一編にも微妙な韜晦(とうかい)があって、それがこの作家の持ち味だ。

――これって、どういうストーリーなんだ――

迷わされることも多いが、読み返すと、おおむねわかる。書いてないことがとても大切なのだ。

状況の描写はつねに入念で、的確だ。それを楽しむうちに謎を感じ、謎が明らかになっても解答が明確に示されるわけではない。読者は想像し、それがおもしろい。

第一話「A列車で行こう」では夜のスナックが手際よく描かれている。そこに出入りするいろんな男たち、その会話。ヒロインはこの町がきらいらしいが、何を好んでこんな酒場で働いているのか。最後の数ページでドラマは一転し、ヒロインの陰の部分と切実な心情が浮かびあがる。ほかの登場人物のパーソナリティーも見え隠れする。それでもわからない部分が残る。そこは読者がご自由に想像して……という趣向なのだ。

「見返り桜」では本社の敏腕な役員が地方工場を円満に閉鎖するために訪ねてくる。いくつかのトラブルが描かれ、

――ありうることだな――

と納得するうちに、

「えっ」

べつなストーリーを思いめぐらさずにはいられない。

最後の「ぼくにしか見えない」は、タイトル通りの内容なのだが、綴(つづ)られているのは、中堅サラリーマンの厳しい現実と挑戦。それを慰めるように飛び込んできた古風な娘への慕情。

――この恋、どうなるの――

と胸を弾ませたとたん、

――この主人公のケース、他人事(ひとごと)じゃないぞ――

幻想小説のような、サラリーマン残酷物語のような……一筋縄ではいかない。

タイトルの「ラストラン」はなんの謂(いい)なのか。どこへ逃げて行くのだろうか。
ラストラン / 志水 辰夫
ラストラン
  • 著者:志水 辰夫
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:文庫(365ページ)
  • 発売日:2012-06-01
  • ISBN-10:4198935602
  • ISBN-13:978-4198935603
内容紹介:
幻の初期作品集!ミステリ、恋愛ホラーなど多彩な物語!容疑者を追い続ける老刑事、胸を打つ10の物語。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2009年5月24日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
阿刀田 高の書評/解説/選評
ページトップへ