書評
『とける、とろける』(新潮社)
女性が女性の性を描いて、少し怖い
小説って何だろう。先人たちがよい言葉を残している。「読み終えて、ここに人生があると思う。それが小説だ」あるいは「小説とは男と女のことを書くものです」そしてまた「おもしろい話を聞かせることです」などなどと。9編の短編小説を集めた『とける、とろける』を読んだ。なるほど、ここには人生が……現代の20~30代女性の日常がある。男と女のことが綴られている。女性作家が女性の性を書いているから、
「やっぱりそうなのか」
と、おもしろい話である。
たとえば冒頭の『来訪者』ではヒロインは夫に見捨てられている。その女友だちは嫉妬深い夫に悩まされながらもべつな男に夢中になり「彼のセックス、最高なの」と次々に告白する。そのすばらしさは尋常ではないらしい。そしてその男を「あなたにも紹介してあげる」とのこと。だが、その実、彼女は心のバランスを崩した病人かもしれないのだ。「あの告白、本当なのかしら」
いぶかるヒロインの家に紹介された男が来て立っている。ヒロインもとろけるのだろうか。
二つめに置かれた「みんな半分ずつ」は、愛しあい、なにもかも半分ずつと約束してきた夫婦が離婚することとなり、ヒロインは「あれも半分、これも半分」と家具などの分配を求め、ついには愛人のもとへ走る夫の背中に「あなたの体の半分も私のものよ」と包丁を手に近づく。
性の喜びは女性にとって独特のものだろう。男性のように一様ではない。すこぶる日常的で、だれしもがそれなりに享受できるけれど、特上もあれば無味乾燥もある。現代はそれを選ぶ自由を(一応は)女性に許しているが、この自由は選択も統御もむつかしい。マニュアルはなく、踏み込んで密(ひそ)かに迷うよりほかにない。
本書は軽い風俗小説集を装っているが、同様のドラマを秘めている人は、思いのほか多いのかもしれない。いわゆる女性の“小さな死”(エクスタシィ)が本物の死につながるストーリーが多く、少し怖い。
朝日新聞 2008年6月1日
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