書評

『自殺の国』(河出書房新社)

  • 2021/12/02
自殺の国 / 柳 美里
自殺の国
  • 著者:柳 美里
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(252ページ)
  • 発売日:2012-10-05
  • ISBN-10:4309021379
  • ISBN-13:978-4309021379
内容紹介:
猶予は2日。決行日は6月19日神奈川です-ネットに飛び交う「自殺」「逝きたい」の文字。電車の中、携帯電話を手にその画面を見つめる少女、市原百音・高校一年生。形だけの友人関係、形だけの家族-「死」に魅せられた少女は、21時12分、品川発の電車に乗って、彼らとの「約束の場所」へと向かうのだが…。柳美里、2年半ぶりの最新小説。

途方に暮れた“普通の少女”の可憐な青春

随分恐い表紙(とタイトル)なので、恐がりの私としては、最初、読むのがためらわれた。けれど読んでみてわかった。これはとても可憐な本だ。顔の見えない他人と(ときに陰湿な)やりとりをする「ネット」、そこで「自殺」を計画したり、一緒に死ぬ仲間を募ったり、実行したりする人々、という道具立てはたしかに不穏で毒々しいが、背景に惑わされずにまっすぐ読めば、そこにはごくありふれた、一人の、少女がいる。

ごくありふれた少女、というのは繊細な少女のことだ。繊細で、当然ながら独特で、知識も経験もすくなく、だから自信は持てず、不安で、でも自意識は余るほどあり、周囲を観察し、観察すれば失望したり批判的になったりせざるを得ず、けれど周囲を気遣う術(すべ)も心得ていないわけではないので、陽気にふるまったり、迎合するふりをしたりも、する少女。

本書の主人公、市原百音(もね)は、そういう普通の少女である。小説を読む限り、家族とも仲がよく、友達もいる。私はそこをおもしろいと思った。すくなくとも他者から見る限り、彼女には「自殺」する理由がないのだ。そして、本人もそのことを知っている。

ここには、勿論テーゼが含まれている。自殺する理由がない、ということが、自殺しない理由、すなわち生きる理由になるのかどうか――。さらに、仲のいい家族というものの、仲はほんとうにいいのか、友達だと言い合っている人間を、信じる根拠はどこにあるのか。そんなことを考え始めれば、少女でなくとも途方に暮れる。何かを考えるのは危険なことだ。でも、考えない危険より、はるかに安全な危険だ。

市原百音は途方に暮れている。「自殺」という考えを玩(もてあそ)んでいるし、そこに逃げ込みもする。悪いことだろうか。少女というのはそもそも概念を玩ぶのが好きな生き物だし、安全だと感じられる場所に、逃げ込むのも大好きな生き物なのだ。

そういう生き物の生態が、ここには書きつけられている。女子高校生の生活様式、行動範囲、交友範囲、そのディテイル。たとえば、「一人暮らししたら、部屋をデコったりしない。なぁんもない空っぽの部屋で暮らす。テレビとか電子レンジとか食器とかも要らない。ベッドと枕とお布団だけあればいいや」という一節や、「タバコ吸いたい。でも、クマたんたちがタバコ臭くなるのは、イヤだ」という一節から透けて見えるもの。カラオケ屋で友人たちと「写メ」を撮る場面の痛々しさ。十代の女の子たちの、多分に強迫的な友情の、残酷さや虚しさや。変らないんだなあと私は思った。そして、大変だなあと同情した。

それにしても柳美里の文章は、やすやすと巧みだ。この本には一人称と三人称が混在するのだが、どこで切り替わったのかわからないくらいいつのまにか(、、、、、、)切り替わっている。一人称と三人称がこれほど自然に、まったく違和感なく混在する本を、私は他に知らない。

読者はその巧みさにあやつられ、気がつくと市原百音と一緒に電車に乗っている(この本には、電車のなかの場面が多い。読む乗車体験(、、、、、、)といっていいほどの、その臨場感には驚く)。百音という少女は電車のなかでも死を想い、どんどん死に近づいていくのだが、同時に、たとえば自分の奥歯の「銀の被(かぶ)せ物」を「舌の先で舐め」、「就職して自分でお金稼げるようになったら、最初のお給料で、この奥歯を白くしてやる」と考えたりもする。

これは可憐な青春小説だと私は思う。不穏で毒々しい社会にあって、彼女はしっかりまっとうなのだ。
自殺の国 / 柳 美里
自殺の国
  • 著者:柳 美里
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(252ページ)
  • 発売日:2012-10-05
  • ISBN-10:4309021379
  • ISBN-13:978-4309021379
内容紹介:
猶予は2日。決行日は6月19日神奈川です-ネットに飛び交う「自殺」「逝きたい」の文字。電車の中、携帯電話を手にその画面を見つめる少女、市原百音・高校一年生。形だけの友人関係、形だけの家族-「死」に魅せられた少女は、21時12分、品川発の電車に乗って、彼らとの「約束の場所」へと向かうのだが…。柳美里、2年半ぶりの最新小説。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2012年11月25日

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