選評

かけら (新潮文庫)

  • 2017/07/09
かけら (新潮文庫) / 青山 七恵
かけら (新潮文庫)
  • 著者:青山 七恵
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(177ページ)
  • 発売日:2012-06-27
  • ISBN:4101388415

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

川端康成文学賞(第35回)

受賞作=青山七恵「かけら」/他の候補作=岡田利規「楽観的な方のケース」、川上弘美「terra」、リービ英雄「我是」、西村賢太「廃疾かかえて」、遠藤徹「麝香猫」/他の選考委員=秋山駿、辻原登、津島佑子、村田喜代子/主催=川端康成記念会/発表=「新潮」二〇〇九年六月号

知的で痛切な結末

青山七恵氏の「かけら」の語り手は、〈友人に誘われて先月入った写真教室で、先生に勧められたこの機種(一眼レフ)を六回の分割払いで買った〉〈神奈川の奥地の大学を選んで家を出た娘〉である。桐子というこの女子学生は、〈風景写真のよい練習になるかもしれないと思って〉ある土曜日、実家へ帰って、日帰りのさくらんぼ狩りツアーに参加するが、家庭内に小事件が起こって、同行者は、これまで影の薄い存在で、それゆえにほとんど気にもとめていなかった、痩せっぽちの父一人ということになる……設定をくわしく書いたのは、この月並みな話を、作者がどのようにして、すばらしい作品に仕上げることができたかを確かめるためである。

作者は、風景写真を撮りつづける桐子に徹底してこだわる。別にいえば作者は、かけらほどもない、この小さな思いつきを心から愛しつづけた。作者の愛を受けて、この月並みな思いつきが、やがて珠玉のような光を帯びはじめる。ファインダーを通り抜けて行く風景の中に、ゆっくりと現れてくるのは、見たこともない父の像だった。

これまで影が薄いと見えたのは、父が控えめに生きているからではないか。気が弱いと思い込んでいたが、それは親切な人柄がそう見えていたのではないか。蚊とんぼのような痩せっぽちと決めつけていたが、それは仙人の別像だからではないか。こうして紋切型の連続体として消費されていた退屈な日常が、冷ややかなカメラを通して、切実で温かな営みのように見えてくるところが非凡である。

作中に、むかしの家族写真が一枚登場するが、この短篇の流れの中に置かれると、過去の記憶のかけらにさえも温かな血が通い、父娘の現在の心境とつながって、作品にささやかだが好ましい山場をつくりだし、ここには、作者のしたたかな力量があらわれていた。

すばらしいのは結びの数行で、三週間後、焼き上がってきた写真を見ると、〈父の視線は写真をはみ出して、雲の切れ目に薄い色の星が浮かぶ東の空に向かってい〉た。それまで万能の観察装置と信じていたカメラにも、父の真像を掴えることができなかったかもしれない。知的な、そして痛切な結末である。

【この選評が収録されている書籍】
井上ひさし全選評 / 井上 ひさし
井上ひさし全選評
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(821ページ)
  • ISBN:4560080380

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かけら (新潮文庫) / 青山 七恵
かけら (新潮文庫)
  • 著者:青山 七恵
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(177ページ)
  • 発売日:2012-06-27
  • ISBN:4101388415

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初出メディア

新潮

新潮 2009年6月

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