書評
『宗教が往く〈上〉』(文藝春秋)
なかなか本編が始まらない。まったく終わる気配がない。松尾スズキが今はなき『鳩よ!』という雑誌で小説連載を始めた五年前から今日に至るまで、数多の松尾ファンは心配に心配を重ねてきたものなんであります(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2004年)。
あ、松尾スズキが何者かと申しますと、超人気劇団にして、脚本家・宮藤官九郎や役者・阿部サダヲなど超有望な人材を排出、じゃなくて輩出した大人計画の作・演出家の名前なんですけどね。世間では知る人ぞ知るの域を超えて知らぬ人とて知れ的な人物、そう思っていただければ幸いなんでございますの。
で。松尾スズキ本人の中編小説といって通るくらい長い恋愛譚が前置きにあって、なっかなか本編に入っていかない、この『宗教が往く』という長編小説なんですけどね。きれいなものしか見たくない、心癒される話しか聞きたくない、盲導犬クイールが死なない物語が読みたい、世界の中心で愛とか叫んでみたいと思っておられる方には、とてもおすすめできる作品じゃないんですよ、遺憾ながら。
フクスケという異様に頭のでかい人物の出生から、彼が大人計画を彷彿させるような劇団を創設し、やがてそれが宗教団体へと変貌を遂げ、テロ戦争に突入し破滅するまでを、エボラ熱よりも凶暴なヒヒ熱が蔓延する東京を舞台に描くこの必死なラブストーリーは、生ぬるい世界認識をきっぱりと拒絶。ダメなものは、どこまでいってもダメじゃん。醜悪さをないものにはできないじゃん、だって実際存在するんだから。そういう至極まっとうな厳しい認識を前提にしているからこそ、汚濁の底に光る美しい何か、ぐちゃぐちゃなSEXが垣間見せるのっぴきならない愛、同情からは決して生じない他者との真剣な関わり、そういったおためごかしじゃない本物のあれやこれやを笑いと共に顕現させる。そういう小説なんであります。
物語の交通整理ができている読みやすい小説からは遠く離れた、あれもこれもブチ込みすぎのきらいがある欠陥の目立つ作品かもしれません。けれど、わたしは松尾スズキの言葉の洪水に翻弄されながら非常なる興奮を覚え、そしてラスト、切なさに胸を震わせもいたしました。ここまでなりふり構わず何かを伝えようとする作品を前にして、斜に構えていられるような御仁がおられたら、そりゃ冷血動物です。SEXと血と暴力と黒い哄笑がぶちまけられながら、この小説が描いているのはまぎれもない“愛”なんですから。ドストエフスキー『白痴』をはじめとする聖なる愚者の物語の系譜に連なるこの力作を、わたしは全面的に支持する者であります。
【下巻】
【この書評が収録されている書籍】
あ、松尾スズキが何者かと申しますと、超人気劇団にして、脚本家・宮藤官九郎や役者・阿部サダヲなど超有望な人材を排出、じゃなくて輩出した大人計画の作・演出家の名前なんですけどね。世間では知る人ぞ知るの域を超えて知らぬ人とて知れ的な人物、そう思っていただければ幸いなんでございますの。
で。松尾スズキ本人の中編小説といって通るくらい長い恋愛譚が前置きにあって、なっかなか本編に入っていかない、この『宗教が往く』という長編小説なんですけどね。きれいなものしか見たくない、心癒される話しか聞きたくない、盲導犬クイールが死なない物語が読みたい、世界の中心で愛とか叫んでみたいと思っておられる方には、とてもおすすめできる作品じゃないんですよ、遺憾ながら。
フクスケという異様に頭のでかい人物の出生から、彼が大人計画を彷彿させるような劇団を創設し、やがてそれが宗教団体へと変貌を遂げ、テロ戦争に突入し破滅するまでを、エボラ熱よりも凶暴なヒヒ熱が蔓延する東京を舞台に描くこの必死なラブストーリーは、生ぬるい世界認識をきっぱりと拒絶。ダメなものは、どこまでいってもダメじゃん。醜悪さをないものにはできないじゃん、だって実際存在するんだから。そういう至極まっとうな厳しい認識を前提にしているからこそ、汚濁の底に光る美しい何か、ぐちゃぐちゃなSEXが垣間見せるのっぴきならない愛、同情からは決して生じない他者との真剣な関わり、そういったおためごかしじゃない本物のあれやこれやを笑いと共に顕現させる。そういう小説なんであります。
物語の交通整理ができている読みやすい小説からは遠く離れた、あれもこれもブチ込みすぎのきらいがある欠陥の目立つ作品かもしれません。けれど、わたしは松尾スズキの言葉の洪水に翻弄されながら非常なる興奮を覚え、そしてラスト、切なさに胸を震わせもいたしました。ここまでなりふり構わず何かを伝えようとする作品を前にして、斜に構えていられるような御仁がおられたら、そりゃ冷血動物です。SEXと血と暴力と黒い哄笑がぶちまけられながら、この小説が描いているのはまぎれもない“愛”なんですから。ドストエフスキー『白痴』をはじめとする聖なる愚者の物語の系譜に連なるこの力作を、わたしは全面的に支持する者であります。
【下巻】
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