書評

『ボクの穴、彼の穴。』(千倉書房)

  • 2021/09/30
ボクの穴、彼の穴。 / デヴィッド・カリ,セルジュ・ブロック
ボクの穴、彼の穴。
  • 著者:デヴィッド・カリ,セルジュ・ブロック
  • 出版社:千倉書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(64ページ)
  • 発売日:2008-12-04
  • ISBN-10:4805109173
  • ISBN-13:978-4805109175

ころさない、ころされたくない

「ガザ地区北部で続くイスラエル軍の攻撃」という写真が、新聞に載っていた。土砂降りのように降る爆弾を見て「なにこれ?」と息子が言う。

「戦争だよ。国と国が、たたかってるの」

「なんで?」

「うーん、すごく簡単に言うと、住む場所の取り合いをしているってことかな」

「いっしょに、すめばいいのに」

すごく簡単に言うと、そういうことなのだが、現実は複雑だ。

  「テロ」という言葉を君はいつどこでどんな文脈で知るのだろうか

子どもが生まれたころ、こんな歌を作った。戦争やテロなんていう言葉は、できれば死語であってほしいし、歴史や物語の中だけのものであってほしい。

が、二一世紀の現実は、どうもそういう方向へは進んでいない。

「せんそう」という言葉を知った息子に、何か読んでやれるものはないかと思っていたら、とてもいい絵本に出会った。

『ボクの穴、彼の穴。』。砂漠の中に二つの穴がある。それぞれの穴には、敵同士の兵士がいて、互いに相手の様子をうかがっている。戦争が始まった日、兵士は銃とともに「戦争のしおり」を手渡された。そこにはこう書いてある。「敵を殺さなければ、殺される。敵は残酷で情け容赦ないモンスターなのだから」と。

けれど二人は、とてもよく似ている。おなかが空(す)いていて、一人ぼっちだ。まるで鏡を見るような「ボク」と「彼」。ある夜、二人は同じことを考え、同じ行動をとり、入れ替わるように互いの穴へと向かう……。

戦争のことを「国と国」という単位ではなく「人と人」という最小の単位で伝えているのが、この本のいいところだ。恐ろしさや滑稽(こっけい)さを、子どもが肌で感じることができる。

「穴の本、また読もうか?」と息子を誘うと「うん、あれ、おもしろいよね」と、のってくる。戦争の本がおもしろいだなんて不謹慎と思われるかもしれないが、これは、とても大事なことだ。井上ひさしさんに「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」という言葉があって、私は仕事場にその色紙を飾っているぐらい好きなのだが、この絵本はまさにそういう一冊ではないかと思う。

何回か読んだあと「もし、たくみんが穴に入ってたらどう?」と聞いてみた。息子は気持ちいいぐらい、きっぱりと答えた。

「ころさないし、ころされたくない」

劇作家である松尾スズキさんの訳が魅力的だ。声に出すとき、私はたいてい、自己流にリズミカルに読みやすくしてしまうのだが、この絵本では悔しいほど、その必要がなかった。タイトルにも、センスが光る(原題は「L’ennemi=敵」)。

【この書評が収録されている書籍】
かーかん、はあい 子どもと本と私 / 俵万智
かーかん、はあい 子どもと本と私
  • 著者:俵万智
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:文庫(224ページ)
  • 発売日:2012-05-08
  • ISBN-10:4022646667
  • ISBN-13:978-4022646668
内容紹介:
6歳になった今も、息子は絵本を持って母のもとへやってくる――。子育てをする歌人が、子どものために選び、自身も心を揺り動かされた絵本48冊を紹介したエッセイ。母親世代にも懐かしい不朽の名… もっと読む
6歳になった今も、息子は絵本を持って母のもとへやってくる――。子育てをする歌人が、子どものために選び、自身も心を揺り動かされた絵本48冊を紹介したエッセイ。母親世代にも懐かしい不朽の名作から、図鑑、ことば遊び、シュールなものまで、幅広く選んでいる。成長に応じた絵本探しの参考として、また母と子のあたたかな交流を描いた本として楽しい一冊。単行本全2巻を1冊にまとめて文庫化。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ボクの穴、彼の穴。 / デヴィッド・カリ,セルジュ・ブロック
ボクの穴、彼の穴。
  • 著者:デヴィッド・カリ,セルジュ・ブロック
  • 出版社:千倉書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(64ページ)
  • 発売日:2008-12-04
  • ISBN-10:4805109173
  • ISBN-13:978-4805109175

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2009年01月28日

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