書評
『ボクの穴、彼の穴。』(千倉書房)
ころさない、ころされたくない
「ガザ地区北部で続くイスラエル軍の攻撃」という写真が、新聞に載っていた。土砂降りのように降る爆弾を見て「なにこれ?」と息子が言う。「戦争だよ。国と国が、たたかってるの」
「なんで?」
「うーん、すごく簡単に言うと、住む場所の取り合いをしているってことかな」
「いっしょに、すめばいいのに」
すごく簡単に言うと、そういうことなのだが、現実は複雑だ。
「テロ」という言葉を君はいつどこでどんな文脈で知るのだろうか
子どもが生まれたころ、こんな歌を作った。戦争やテロなんていう言葉は、できれば死語であってほしいし、歴史や物語の中だけのものであってほしい。
が、二一世紀の現実は、どうもそういう方向へは進んでいない。
「せんそう」という言葉を知った息子に、何か読んでやれるものはないかと思っていたら、とてもいい絵本に出会った。
『ボクの穴、彼の穴。』。砂漠の中に二つの穴がある。それぞれの穴には、敵同士の兵士がいて、互いに相手の様子をうかがっている。戦争が始まった日、兵士は銃とともに「戦争のしおり」を手渡された。そこにはこう書いてある。「敵を殺さなければ、殺される。敵は残酷で情け容赦ないモンスターなのだから」と。
けれど二人は、とてもよく似ている。おなかが空(す)いていて、一人ぼっちだ。まるで鏡を見るような「ボク」と「彼」。ある夜、二人は同じことを考え、同じ行動をとり、入れ替わるように互いの穴へと向かう……。
戦争のことを「国と国」という単位ではなく「人と人」という最小の単位で伝えているのが、この本のいいところだ。恐ろしさや滑稽(こっけい)さを、子どもが肌で感じることができる。
「穴の本、また読もうか?」と息子を誘うと「うん、あれ、おもしろいよね」と、のってくる。戦争の本がおもしろいだなんて不謹慎と思われるかもしれないが、これは、とても大事なことだ。井上ひさしさんに「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」という言葉があって、私は仕事場にその色紙を飾っているぐらい好きなのだが、この絵本はまさにそういう一冊ではないかと思う。
何回か読んだあと「もし、たくみんが穴に入ってたらどう?」と聞いてみた。息子は気持ちいいぐらい、きっぱりと答えた。
「ころさないし、ころされたくない」
劇作家である松尾スズキさんの訳が魅力的だ。声に出すとき、私はたいてい、自己流にリズミカルに読みやすくしてしまうのだが、この絵本では悔しいほど、その必要がなかった。タイトルにも、センスが光る(原題は「L’ennemi=敵」)。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2009年01月28日
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。
ALL REVIEWSをフォローする






































