書評
『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善)
伝統を誇る調査報道の危機
アメリカ・ジャーナリズムの現状については、なんとなく聞きかじっていても実体は意外に知られていない。若い雑誌記者である著者は一年間、ニューヨークのコロンビア大学ジャーナリズムスクールヘ留学した(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1995年)。全米ナンバー・ワンのジャーナリズムスクールだけあって日本では想像できないほど実践を重視、レヴェルも高い。教室での講義に頼らず、一日パトカーに同乗し犯罪の発生を待って即座に記事を書かせ添削もする。日本のように一般論を説く教授陣とは違い現役ばりばりの作家やジャーナリストが指導にあたるのだ。だからどの場合に匿名にするか実名なのか、調査報道はどうやるか、第一線で直面する悩みや課題をすでに共有することになる。だが本書はアメリカの教育システムの体験記として書かれたのではない。こうした日米のジャーナリズムの意識差のなかで、日本がとうてい及ばないのが調査報道であり、その調査報道の伝統がどのように培われ、現状がどうなっているのか、というリポー卜に著者の主眼がある。調査報道とは、政府や官庁の発表によらずメディア独自の取材で権力の不正と腐敗を暴く、フリープレスの国アメリカで開花した手法である。調査報道の主役は、有名なワシントンポスト紙やニューヨークタイムス紙ではなく地方の中堅紙だというのは本書の指摘で初めて理解した。
ところが輝かしい伝統を誇るアメリカの調査報道は、いま危機に瀕している。これら中堅紙がオーナー経営者の時代から二代目へと移行しはじめ莫大な相続税を払うため、いっせいに株を上場しはじめた。「新聞の経営がウォールストリートの冷徹な市場の論理に委ねられることになった」(ハルバースタム)のである。経営陣は四半期ごとの利益を出すことに汲々となり、調査報道部門のスタッフを削減しはじめた。著者はアメリカの第一線ジャーナリストの苦悩をわがものとして帰国したのである。若い週刊誌記者、新聞記者はぜひ読んでほしい。
ALL REVIEWSをフォローする