書評

『海を失った男』(晶文社)

  • 2020/10/12
海を失った男 / シオドア・スタージョン
海を失った男
  • 著者:シオドア・スタージョン
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(366ページ)
  • 発売日:2003-07-11
  • ISBN-10:4794927371
  • ISBN-13:978-4794927378
内容紹介:
白痴の少女の美しい手に魅入られた青年ランは、その手を我が物とするために少女の家に移り住むが…エロスとタナトスの極致ともいうべき異形の愛をえがいた絶品「ビアンカの手」、頭と左腕を残して砂に埋まった男の内的世界を追求して圧倒的な「海を失った男」、交通事故で妻を亡くした男が、墓地で出会… もっと読む
白痴の少女の美しい手に魅入られた青年ランは、その手を我が物とするために少女の家に移り住むが…エロスとタナトスの極致ともいうべき異形の愛をえがいた絶品「ビアンカの手」、頭と左腕を残して砂に埋まった男の内的世界を追求して圧倒的な「海を失った男」、交通事故で妻を亡くした男が、墓地で出会った不思議な男に墓を"読む"術を習う「墓読み」の三大傑作に、本邦初紹介の力作中篇「成熟」「三の法則」「そして私のおそれはつのる」、さらに名短篇集『一角獣・多角獣』から「シジジイじゃない」「ミュージック」を収録。めくるめく思考のスリルと異様な感動に満ちた不滅のスタージョン・クラシックス。
シオドア・スタージョンは、SFか幻想文学のファンにしか馴染みのない名かと思われ、しかも邦訳点数が多くないので、馴染みになりたくてもなりにくいという、まあ、カルト的雰囲気をまとった作家ではあるのだ。わたしにしたところで所有しているスタージョン本といえば、長篇ではミュータントもの『人間以上』、吸血鬼もの『きみの血を』、カーニヴァルもの『夢みる宝石』、短篇集では早川書房の異色作家短篇集シリーズ中最高傑作と謳われる『一角獣・多角獣』、今はなきサンリオSF文庫から出た『スタージョンは健在なり』と少ない。

こういう人口に膾炙(かいしゃ)していない作家を紹介するのは難しいんである。おまけに、一応SF幻想作家という括りに入れられてはいるものの、そういう呼び方も何だかなあと思えてしまう、つまりジャンルの枠に納まりきらない作品を書く人で、だから、“××もの”という紹介の仕方も暫定的措置にすぎず、読めば「吸血鬼ものではあるんだけど……」と、煮え切らない感想を抱いてしまうこと必定なのだ。

そんなスタージョンを、わたしはひそかに「突飛系」と呼んでいる。突飛なるものは慣習の世界の埒外にあって、それが何かの拍子に飛び出してくると人は不安を覚えることになっている。なぜなら、突飛なるものの背後には、それを自明のものとして組み込んだ今・此処(ここ)にある現実とは別の世界システムが広がっているやもしれず、突飛なるものが今・此処に現れることによってその隠されていた世界までもが立ち上がり、わたしたちを正気に保っているこの現実を呑み込んでしまうのではないかと思わせるからだ。スタージョン作品には、そんな狂気の道へと至る不安が横溢しているのである。

この短篇集を読めば、その意味は瞭然とするはずだ。首まで砂に埋まった男の内的世界を追求した表題作。醜い白痴の少女の美しい両手に魅入られた青年が、その手を自分のものにするまでを描いた「ビアンカの手」。思っていることを口にすることがなかった謎めく妻を交通事故で亡くした男が、墓地で出会った不思議な人物に墓を読む術(すべ)を学ぶ「墓読み」。そんな要約では何も説明したことにならない、これら三名作を含む全八作を読み終えて尚、あなたを取り囲む世界は、あなたがかつて“現実”と呼んでいた姿のままであり得るか――。

突飛な想像力と、多彩な文体と、深遠な思考実験。その粋が味わえる、これはスタージョン体験の第一歩として最適な一冊なのである。

【文庫版】
海を失った男  / シオドア スタージョン
海を失った男
  • 著者:シオドア スタージョン
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(467ページ)
  • 発売日:2008-04-04
  • ISBN-10:4309463029
  • ISBN-13:978-4309463025
内容紹介:
魔術的な語りで読者を魅了する伝説の作家、シオドア・スタージョン。頭と左腕を残して砂に埋もれた男は何を夢みるか-圧倒的名作の表題作、美しい手と男との異形の愛を描いた名篇「ビアンカの手」、墓を読む術を学んで亡き妻の真実に迫る感動作「墓読み」他、全八篇。スタージョン再評価に先鞭をつけた記念碑的傑作選。

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【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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海を失った男 / シオドア・スタージョン
海を失った男
  • 著者:シオドア・スタージョン
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(366ページ)
  • 発売日:2003-07-11
  • ISBN-10:4794927371
  • ISBN-13:978-4794927378
内容紹介:
白痴の少女の美しい手に魅入られた青年ランは、その手を我が物とするために少女の家に移り住むが…エロスとタナトスの極致ともいうべき異形の愛をえがいた絶品「ビアンカの手」、頭と左腕を残して砂に埋まった男の内的世界を追求して圧倒的な「海を失った男」、交通事故で妻を亡くした男が、墓地で出会… もっと読む
白痴の少女の美しい手に魅入られた青年ランは、その手を我が物とするために少女の家に移り住むが…エロスとタナトスの極致ともいうべき異形の愛をえがいた絶品「ビアンカの手」、頭と左腕を残して砂に埋まった男の内的世界を追求して圧倒的な「海を失った男」、交通事故で妻を亡くした男が、墓地で出会った不思議な男に墓を"読む"術を習う「墓読み」の三大傑作に、本邦初紹介の力作中篇「成熟」「三の法則」「そして私のおそれはつのる」、さらに名短篇集『一角獣・多角獣』から「シジジイじゃない」「ミュージック」を収録。めくるめく思考のスリルと異様な感動に満ちた不滅のスタージョン・クラシックス。

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ダカーポ(終刊)

ダカーポ(終刊) 2003年9月3日号

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