書評
『輝く断片』(河出書房新社)
全国のプレジデントな皆さん、SFお読みになられます? なられませんわねー、んな空想科学小説なんて子供じゃないんだから読みませんわねー――なんて、わたくしが引っ込むと思ったら大間違いなんでございますの。だって、こんな日が来るとは思ってなかったんですもの。つい三年前までは、傑作短篇集『一角獣・多角獣』はおろか、長篇『夢みる宝石』だって品切れ状態(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2005年)。シオドア・スタージョンの作品を日本語で読むのは、至難の業だったんでございます。
ところが、若島正編『海を失った男』、大森望編『不思議のひと触れ』という二冊の日本オリジナル短篇集が出たおかげで、スタージョン再評価の気運は高まるばかり。とうとう、ジェンダー/ユートピアSFの問題作『ヴィーナス・プラスX』までが訳されてしまったんですの。で、そのコーフンも醒めやらぬうちに、またも傑作アンソロジーが登場! 今回編まれた『輝く断片』は、スタージョンの奇想小説家、ミステリー作家としての魅力をよく伝えるラインナップになっているので、「SFはちょっと苦手」というプレジデントな貴方様にも自信をもっておすすめできる一冊になってるんであります。
ドタバタ子育てコメディ「取り替え子」、超人思想にこりかたまったイヤったらしいサイコパス野郎が最後にいい気味という目に遭わされる「君微笑めば」、ひきこもりなんて言葉も概念もなかった時代に、ひきこもり男を主人公に据え、ぞっとするようなオチを用意した「ニュースの時間です」、生まれてからただの一度も悪いことをしたことのない男をめぐるアイロニーに満ちたアンチ犯罪小説「ルウェインの犯罪」などなど、よくもこんな話を思いつくものだなあと、呆れ返っちゃうほど意表をつく物語が八篇も収録されているのです。
なかでも、犯人が最初から明かされる(ほら、刑事コロンボのパターンでございますよっ)倒叙(とうじょ)ミステリーとして傑作なばかりか、ジャズ小説としても絶品の「マエストロを殺せ」と、醜さゆえにこれまでみんなから用なし扱いされてきた男が、死にかけの女を助けたことから起きる悲劇を描いた表題作は必読!
で、ですね、この二作に共通する特徴が、本田透『電波男』(三才ブックス)の啓蒙によって徐々に人権を獲得しつつあるキモメンを扱ってることなんですの。キモメンはキモメンである自分を肯定し、キモメンとしてのアイデンティティを確立できるのかという難問に真正面から向かい合う前者と、キモメンであることの存在の哀しみを深く深く掘り下げて落涙必至の後者。キモメン文学の金字塔ともいうべきこの二篇だけに、一九〇〇円払っても惜しくない。それほど完成度の高い、驚異の短篇といえるんですの。プレジデントな皆さまにおかれましては、今時代の風がイケメンではなくキモメンに吹いていることをご存じでございましょうか。立て、万国のキモメンよ! サンボマスターやアンガールズが人気を呼んでいる今、ようやく時代がスタージョンに追いついた、そんな二篇といえるのです。
読む前と読んだ後とでは世界の見え方が変わる。そういうセンス・オブ・ワンダーな小説が好きな方にぴったりな作家がスタージョン。柔らか頭が求められる厳しいプレジデント界から一頭地抜けるためにも、ぜひとも貴方の本棚にこの短篇集を!
【単行本】
【この書評が収録されている書籍】
ところが、若島正編『海を失った男』、大森望編『不思議のひと触れ』という二冊の日本オリジナル短篇集が出たおかげで、スタージョン再評価の気運は高まるばかり。とうとう、ジェンダー/ユートピアSFの問題作『ヴィーナス・プラスX』までが訳されてしまったんですの。で、そのコーフンも醒めやらぬうちに、またも傑作アンソロジーが登場! 今回編まれた『輝く断片』は、スタージョンの奇想小説家、ミステリー作家としての魅力をよく伝えるラインナップになっているので、「SFはちょっと苦手」というプレジデントな貴方様にも自信をもっておすすめできる一冊になってるんであります。
ドタバタ子育てコメディ「取り替え子」、超人思想にこりかたまったイヤったらしいサイコパス野郎が最後にいい気味という目に遭わされる「君微笑めば」、ひきこもりなんて言葉も概念もなかった時代に、ひきこもり男を主人公に据え、ぞっとするようなオチを用意した「ニュースの時間です」、生まれてからただの一度も悪いことをしたことのない男をめぐるアイロニーに満ちたアンチ犯罪小説「ルウェインの犯罪」などなど、よくもこんな話を思いつくものだなあと、呆れ返っちゃうほど意表をつく物語が八篇も収録されているのです。
なかでも、犯人が最初から明かされる(ほら、刑事コロンボのパターンでございますよっ)倒叙(とうじょ)ミステリーとして傑作なばかりか、ジャズ小説としても絶品の「マエストロを殺せ」と、醜さゆえにこれまでみんなから用なし扱いされてきた男が、死にかけの女を助けたことから起きる悲劇を描いた表題作は必読!
で、ですね、この二作に共通する特徴が、本田透『電波男』(三才ブックス)の啓蒙によって徐々に人権を獲得しつつあるキモメンを扱ってることなんですの。キモメンはキモメンである自分を肯定し、キモメンとしてのアイデンティティを確立できるのかという難問に真正面から向かい合う前者と、キモメンであることの存在の哀しみを深く深く掘り下げて落涙必至の後者。キモメン文学の金字塔ともいうべきこの二篇だけに、一九〇〇円払っても惜しくない。それほど完成度の高い、驚異の短篇といえるんですの。プレジデントな皆さまにおかれましては、今時代の風がイケメンではなくキモメンに吹いていることをご存じでございましょうか。立て、万国のキモメンよ! サンボマスターやアンガールズが人気を呼んでいる今、ようやく時代がスタージョンに追いついた、そんな二篇といえるのです。
読む前と読んだ後とでは世界の見え方が変わる。そういうセンス・オブ・ワンダーな小説が好きな方にぴったりな作家がスタージョン。柔らか頭が求められる厳しいプレジデント界から一頭地抜けるためにも、ぜひとも貴方の本棚にこの短篇集を!
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