書評

『犬は勘定に入れません 上―あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』(早川書房)

  • 2021/09/22
犬は勘定に入れません 上―あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎 / コニー・ウィリス
犬は勘定に入れません 上―あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎
  • 著者:コニー・ウィリス
  • 翻訳:大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(463ページ)
  • 発売日:2009-04-28
  • ISBN-10:4150117071
  • ISBN-13:978-4150117078
内容紹介:
人類はついに過去への時間旅行を実現した。その技術を利用し、オックスフォード大学は、第二次大戦中、空襲で焼失したコヴェントリー大聖堂復元計画に協力している。史学部の大学院生ネッドは… もっと読む
人類はついに過去への時間旅行を実現した。その技術を利用し、オックスフォード大学は、第二次大戦中、空襲で焼失したコヴェントリー大聖堂復元計画に協力している。史学部の大学院生ネッドは、大聖堂にあったはずの"主教の鳥株"を探せと計画の責任者レイディ・シュラプネルに命じられた。だが、21世紀と20世紀を何度も往復して疲労困憊、とうとう過労で倒れてしまった!?SFと本格ミステリを絶妙に融合させた話題作。ヒューゴー賞・ローカス賞受賞。
コニー・ウィリスって作家をご存じ? 知らなかったら、かなりのおバカさん。無知蒙昧な文盲さん。SF作家ですの。しかも、凄く位が高いお方ですの。でも、特定ジャンルの中に閉じ込めておくにはあまりに惜しい才能なんですの。たとえば『犬は勘定に入れません』。タイトルから察しがつくとおり、ジェローム・K・ジェロームの傑作コミック・ノベル『ボートの三人男』を彷彿させるヴィクトリア朝小説の枠組の中に、SFはもちろん、本格ミステリーめいたネタも投入。冒険小説でもあり、恋愛小説でもあり、歴史小説でもあり、ラブリィな犬&猫小説でもあり、そしてまた主流小説とジャンル小説のいいとこ取りしたスリップストリーム小説でありと、様々な読みどころを備えた極上小説なんでございます。

舞台は、タイムトラベル技術が確立され、歴史研究のために利用されている二十一世紀のオックスフォード大学。第二次世界大戦中の大空襲で焼失した、コヴェントリー大聖堂の再建計画のために時間遡行(そこう)(降下)を繰り返させられていた史学部の学生ネッドは、ついに過労で倒れてしまいます。このプロジェクトを統括しているのが、猛女レイディ・シュラプネル。とりわけ執心しているのが〈主教の鳥株〉と呼ばれる花瓶なんですが、空襲のどさくさで消失して、その行方は杳(よう)として知れません。

さて、絶対安静を言い渡されたネッドでしたが、レイディと同じ時代にいてはそれも無理。同情したダンワージー教授が、ちょっとした連絡仕事のついでに、のんびりできる十九世紀ヴィクトリア朝時代へと彼を派遣します。ところがネッドは、度重なる降下によるタイムラグ症状のため任務内容もろくに覚えていない状態。とりあえず、知り合いになったオックスフォード大学の学生テレンスと、その相棒のブルドッグ犬・シリル、金魚マニアにして歴史学の権威・ペディック教授と共に、『ボートの三人男』さながらのテムズ河下りに繰り出したのですが――。

消失した主教の鳥株の行方、二十一世紀に十九世紀の“あるもの”を持ち込んだ女子学生ヴェリティと、自分の役目がわからないまま動き回るネッドのせいで狂ってしまった歴史のディテール、それを正常化させようとさらにジタバタ時空を駆けめぐるネッド&ヴェリティ。笑えるわ、痛快だわ、犬と猫が可愛いわ、歴史観・時間哲学が深遠かつ壮大だわ、傑作揃いのコニー・ウィリス作品の中でも、わたくし、一等好きな作品でございますの。たくさんの方に読んでいただきたいの。ていうか、読まなきゃ、あなた一生文盲さんなんですの。

【下巻】
犬は勘定に入れません 下―あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎 / コニー・ウィリス
犬は勘定に入れません 下―あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎
  • 著者:コニー・ウィリス
  • 翻訳:大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(493ページ)
  • 発売日:2009-04-28
  • ISBN-10:415011708X
  • ISBN-13:978-4150117085
内容紹介:
時間旅行の無理がかさなり過労に陥ったネッドは、二週間の絶対安静を命じられるが、レイディ・シュラプネルのいる現代ではゆっくり休めるはずもない。そこで、指導教官ダンワージー教授はネッ… もっと読む
時間旅行の無理がかさなり過労に陥ったネッドは、二週間の絶対安静を命じられるが、レイディ・シュラプネルのいる現代ではゆっくり休めるはずもない。そこで、指導教官ダンワージー教授はネッドをのどかな19世紀ヴィクトリア朝へ派遣する。だが、時間旅行ぼけでぼんやりしていたネッドは、自分に時空連続体の存亡を賭けた任務があるとは夢にも思っていなかった…ヒューゴー賞・ローカス賞受賞の時間旅行ユーモア小説。

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【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

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犬は勘定に入れません 上―あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎 / コニー・ウィリス
犬は勘定に入れません 上―あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎
  • 著者:コニー・ウィリス
  • 翻訳:大森 望
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(463ページ)
  • 発売日:2009-04-28
  • ISBN-10:4150117071
  • ISBN-13:978-4150117078
内容紹介:
人類はついに過去への時間旅行を実現した。その技術を利用し、オックスフォード大学は、第二次大戦中、空襲で焼失したコヴェントリー大聖堂復元計画に協力している。史学部の大学院生ネッドは… もっと読む
人類はついに過去への時間旅行を実現した。その技術を利用し、オックスフォード大学は、第二次大戦中、空襲で焼失したコヴェントリー大聖堂復元計画に協力している。史学部の大学院生ネッドは、大聖堂にあったはずの"主教の鳥株"を探せと計画の責任者レイディ・シュラプネルに命じられた。だが、21世紀と20世紀を何度も往復して疲労困憊、とうとう過労で倒れてしまった!?SFと本格ミステリを絶妙に融合させた話題作。ヒューゴー賞・ローカス賞受賞。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2004年5月1日号

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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