分断進む地球の現実映す
いま、世界が注目する中国発SFの、魅力的な書き手の一人である郝(カク)景芳。八十年代生まれの女性作家の描き出す世界は、ポエティックで、どこか親し気な懐かしさのようなものを持ち、しかし批評性にあふれ、読み手の心に深い余韻を残す。ヒューゴー賞を受賞した「北京 折りたたみの都市」は、いわゆる1%の金持ちと99%の貧乏人で成り立つ社会の中で、AIによって仕事が奪われる時代を、ユニークな想像力と独特のスタイルで浮かび上がらせる。「折りたたみ」は比喩ではなく、この小説の中ではほんとうに都市が折りたたまれるのである。
「北京」は第一から第三までの3つの空間に分割されており、第一空間で暮らす富裕層500万人のみが地表で1日、24時間をまるまる享受することができる。1日が終わると第一空間は休眠に入り、大地がぐるりと逆転し、折りたたまれていた第二空間が地表に出る。第二空間で暮らす中間層2500万人に与えられるのが次の日の朝6時から夜10時までの16時間。そして貧困層5000万人が暮らす第三空間がようやく地表に出るのはその後で、夜10時から翌朝6時までの太陽のない地表だけが、彼らが生きてよいとされる8時間なのだ。
主人公の老刀(ラオダオ)はこの都市の在り方に矛盾を感じてはいない。淡々と受け入れてゴミ処理の仕事をしているのだが、一つだけ気がかりなのは、娘の糖糖(タンタン)のことだ。ゴミ処理場で拾い上げた捨て子の糖糖を幼稚園に入れる金を作るため、老刀は高報酬の仕事を請け負うことにする。折りたたみの都市をかいくぐり、第一空間までたどり着いて手紙を届けるという決死のミッションだ。この老刀の行動を通して、私たち読者もそれぞれの空間を垣間見ることになる。
「弦の調べ」という雅(みやび)なタイトルの一篇は、宇宙人の侵略というSFにおいては古典的ともいえるテーマを扱う。「鋼鉄人」と呼ばれるこの宇宙人がしかし、とてもユニークかつ不気味な存在なのだ。彼らの母星がどこなのかはわからないが、ともかく月を占拠し、地球を侵略し、抵抗するものたちを容赦なく殺戮(さつりく)し、戦闘設備を破壊しつくした。ところが彼らが決して攻撃しないものがある。古い都市や芸術に関係する場所、歴史博物館の類い。芸術公演を行っている地域は絶対に攻撃を受けないため、芸術家たちは地球防衛の最前線で演奏会を担うことになる。
鋼鉄人はまた、人類の中から少数の金と力のあるものを選んで彼らを取り込み、傀儡(かいらい)として地球統治を任せることもする。芸術によって、あるいは財力によって、ある種の人類は鋼鉄人に庇護(ひご)される。こうして地球人たちは分断されていく。
「弦の調べ」とは、それでも鋼鉄人の侵略に抵抗しようとした芸術家が、巨大な竪琴(たてごと)の弦を弾き、地表から月の表面まで達する「宇宙エレベーター」に共振させて月を爆破する計画のことである。「乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負で弦を震わせて天地の哀歌を響かせ、死なばもろともの方法でいくばくかの自由をあがなう」のだ。中国語の原文がどのようなものかはわからないが、壮大で大陸的な想像力と、詩歌の伝統のある国の言葉の力を感じさせ、読む者の脳裏には、幻想的なヴィジョンが立ち上がる。
映し出されるのは中国の現実というより、グローバリズムが席捲(せっけん)し、分断が進むこの21世紀の地球の現実だ。詩的なヴィジョンと、現代批評を兼ね備えた中国の新しい声に魅了された。収録されるのは、これら二篇の他、五篇。